名盤発見

2012/10/21

わが青春の「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」

今年の7月末、日本コロムビア株式会社から、YAMATO SOUND ALMANACシリーズの1枚として「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」がCDで発売された。これは、ファンにとって思いがけない慶事であった。なぜならこのアルバムは、最近まで手に入れることが困難だったからだ。

僕の記憶が確かならば、この「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」は、かつて90年代半ばにCD化されたこともあったが、その後、関係者の間で起こった著作権をめぐるトラブルに起因してか、廃盤の憂き目に遭ってしまった(ヤフオクなどでは、中古品が高値で取引されていた)。 何年か前に発売された、ン万円もするCD-BOXの中に、リマスター化されたこのアルバムが含まれていたが、簡単に手を出せる代物でなかったことは言うまでもない。

やむなく僕は、昔、購入したカセットテープからTASCAMのPCMレコーダー経由でパソコンに取り込んで聴いていた。今回、リマスター・Blue-spec盤として音が一層クリアになり再発売されたことは、本当に喜ばしい。

僕が音楽にのめり込むようになるきっかけは、小学生のときに学校の音楽室で聴いたクラシック音楽だったことは間違いないけれど、好きな音楽は、ジャズやロック、ポピュラーなど多岐にわたっている。僕が特定のジャンルにこだわらず幅広く聴くようになったのは、今回取り上げる『宇宙戦艦ヤマト』の音楽の影響が大きい。

『宇宙戦艦ヤマト』は、1974年に放送されたテレビアニメ(全26話)である。僕はそれをリアルタイムで見ていたわけではなかったが、周囲の友人たちの噂話で気にはなっていた。やがて僕も夢中になるのだが、それは1977年に映画版の公開に合わせて発売された、この「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」を聴いたことがきっかけだった。

このアルバムは、アニメの音楽を担当した作曲家の宮川泰(みやがわ・ひろし、1931~2006)が、そのBGMをオーケストラ用に編曲・再構成し、特別編成のオーケストラ「シンフォニック・オーケストラ・ヤマト」を指揮、録音されたLPレコードである。


「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」(日本コロムビア)

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この音楽集から受けた影響は、今思うと相当なものだったと思う。当時、もっぱらクラシック音楽を聴いていた僕にとって、交響組曲というスタイルは大いに興味をそそられたし、ヤマトの音楽を象徴する有名なスキャット(川島和子の名唱!)をはじめ数々の美しいメロディーが、大編成のオーケストラで奏でられるのを聴いて、「ああ、こんな世界もあるんだ…」と衝撃を受けたことを記憶している。

とにかく、宮川泰のメロディーメーカーとしての才能は抜群だと思う。今でも、その認識は変わらない。特に僕の琴線に触れたのは、ストリングスで歌われるメロディーの美しさ。6曲目の「追憶」や最後12曲目の「スターシャ」は、まさに絶品だ。

実を言うと、僕は当時、この『宇宙戦艦ヤマト』の映画を見ていない。お金(小遣い)がなかったせいもあるが、確か当時、ラジオの深夜放送でヤマトの特集番組が何度か組まれて、プロデューサーの西崎義展とか、声優の富山敬や麻上洋子などが見どころを解説(実演)していたのを、ラジオにかじりつくようにして聴いたものだった。一方で、その音楽に関しては、何種類ものLPレコードやカセットテープを購入し、熱心に聴き漁(あさ)っていた。


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そして次の年、続編映画である『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の公開と同時に発売された音楽集(サウンドトラック)を購入したことで、僕の「ヤマト熱」は頂点に達することになる。

このアルバムは、前作のように交響組曲とは記されていないが、「序曲」から始まる12曲で構成されていて、実質、交響組曲と呼んでも差し支えないだろう。第2曲「白色彗星」では、ヤマトの敵となる悪の帝国の不気味さ、圧倒的な力がパイプオルガンで表現され、第5曲「テレサよ永遠に」や第6曲「想人(おもいで)」では、前作同様、魅惑的な「宮川節」に酔いしれたものだ。

中でも最も心を動かされた曲が、11曲目の「大いなる愛」。曲の冒頭、ピアノからストリングスに引き継がれる切なく美しいメロディー。オーボエのソロをきっかけに曲は長調に変わり、あこがれや希望を表す愛のメロディーが、まるで虹のアーチのように歌われてゆく。当時、まだ青春の入り口にいた僕は、この曲を聴きながら、何かよくわからないけど胸が締め付けられるような感覚を覚えたものだ。※このアルバムも、今年9月に上記シリーズで再発売となった。


「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 音楽集」(日本コロムビア)

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映画のストーリーも、敵との戦いの中で次々とヤマトの乗組員が死に、最後には主人公が人類の未来のために犠牲になって敵の戦艦に突っ込んでいくという「日本人好み」の展開で、大ヒットを記録。一大ヤマト・ブームを巻き起こした。しかし、直後に放送されたテレビシリーズでは、主人公をはじめ、味方のほとんどが「死なない」ストーリーに変更(改悪?)され、その後もシリーズが継続されることになった。

このあたりから、僕自身の熱も徐々に冷めはじめた。1979年にテレビで放送された『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』や、翌1980年の映画『ヤマトよ永遠(とわ)に』あたりまでが、僕の記憶にあるヤマトといえようか。しかし、物語を彩った名曲の数々は消えることなく心に残り続け、僕の音楽人生に深い影響を与えている。(数年前に公開された実写版の映画も見たし、サントラも購入している)

クラシック音楽しか聴かない人や『宇宙戦艦ヤマト』を知らない世代の人たちも、今回の再発売を機に、ぜひ、このオーケストラで奏でられる名曲の数々に触れてみてほしいと思う。世の中には、まだまだ未知の音楽があふれ、素晴らしい世界が無限に広がっていることを実感していただけるに違いない。


【参考音源】

「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」から「序曲」


※本文中、関係者の敬称は省略させていただきました。ご了承ください。

2011/08/13

長く苦しい絶望の果てに ~交響曲第1番「HIROSHIMA」~

今年の夏は暑さもさることながら、例年にも増して感慨深い季節になりそうだ。


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未曾有の大災害、その被害も未だ現在進行形というこの国難に、一人の人間として何ができるだろうか…。そんなことを漠然と考えていたころ、ある作品がCDとして発売されることになった。佐村河内守(さむらごうち・まもる、1963~  )の『交響曲第1番「HIROSHIMA」』である。

彼の経歴については、日本コロムビアのHPや彼の著書をご覧いただきたいが、17歳のころから原因不明の障害に苦しみ、35歳で完全に聴力を失い、今も絶えず発作と頭鳴症が繰り返されるという日常。これが事実なら、まさに想像を絶する残酷な状況としか言いようがない。こうした中、絶対音感だけを頼りにひたすら作曲を続け、2003年秋に完成したのがこの『交響曲第1番「HIROSHIMA」』だという。

僕は、昨年の8月14日に京都コンサートホールで開催された全曲初演に、やむを得ない事情で行けなかったことが今でも心残りで、今回のCD発売は、まさに望外の喜びとなった。CDを手にして、さまざまな思いが心をよぎるが、作曲者自身「被爆2世」とか「重度障碍者」といった音楽以外の話題で取り上げられることを望んでいないとのこと。僕も今回、純粋に音楽そのものに耳を傾けることにした。

曲は一言で言って「長く、重く、暗い」。全体が3つの楽章で構成され、作曲者自身によると、第1楽章は「運命」、第2楽章は「絶望」、第3楽章は「希望」をイメージしたとのこと。全曲にわたり金管群の咆哮、弦の強靭なカンタービレ、そして要所で打ち鳴らされる鐘(カリヨン)が印象的である。

第1楽章序奏部から悲劇的な曲調が支配し、主部に入っても辛口で重量感のある音楽が続く。弦楽器が提示する荘重な第2主題はとりわけ心に残るが、この主題は後の楽章においても重要な役割を果たすことになる。

おそらく一番問題となるのは全曲中最も長大(約35分)な第2楽章で、正直のところ、次々と移り変わるシチュエーションに僕の集中力も途切れがちになった。この楽章は作曲者の思いがぎっしりと詰まった重要な部分と思われ、今後さらに聴き込んでいきたい。

そして第3楽章。長く苦しい絶望の果てに、後半、突如差し込んでくる希望の光。「天昇コラール」とも呼ばれる終結部が始まる。弦楽器で穏やかに奏される「うた」の清澄さ、神々しさはただただ感動的。まるで心のひだにしみるかのごとく、傷つき荒(すさ)んだ気持ちを潤していく。そして高らかに打ち鳴らされる鐘とともに平和への祈りを奏でつつ、圧倒的な輝きの中で曲が閉じられる。

佐村河内守 交響曲第1番 「HIROSHIMA」
大友直人指揮、東京交響楽団(日本コロムビア)

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全編にわたって、熱い血の流れを感じることができる素晴らしい作品・演奏だと思った。精神が病んでも不思議ではない境遇の中で書き上げた作曲者の、すさまじい「執念」に心を打たれた。日本の現状を思い重ねると、感慨もひとしおである。指揮者の大友直人氏が言うとおり、近い将来、ベルリンフィルで演奏されることを期待したい。(来日公演ではなく本拠地ベルリンで、指揮者はもちろん佐渡裕氏!)

今回のCD発売を契機に、今後もっと彼の作品が紹介されるようになってほしい。次回はぜひ、最近完成したという100分!にも及ぶ大作『交響曲第2番』を聴いてみたいものだ。


【参考文献】
佐村河内守『交響曲第一番』 (講談社)

2009/10/17

柴田敬一の「ライツ・アンド・シャドウズ」

今回は、僕が日ごろ大切にしているアルバム「ライツ・アンド・シャドウズ」をご紹介したい。

このCDは、ピアニストや作編曲家、音楽プロデューサーとして活躍した「ケイ柴田」こと柴田敬一(しばた・けいいち、1959~2009)のデビュー・アルバムである。

彼は長野市の出身。3歳からクラシックピアノを学び、高校卒業後、東京に出てジャズ・ピアニストとして活動をはじめたが、1982年に渡米し、アトランタやニューヨークを拠点に世界の一流ミュージシャンらと共演を続けた。

1984年に帰国後、デビュー作となるピアノソロアルバム「ライツ・アンド・シャドウズ」を発表し、その日本人の感性に根ざした叙情味あふれる音楽は大いに注目されることとなった。

その後も、ピアニストやキーボーディストとして「Kei SHIBATA JAZZ BAND」、二胡やヴァイオリンを加えたミュージック・ユニット「アジア・ルネッサンス」を率いての全国各地でのライブ活動、ハービー・ハンコックらのツアー参加、中島美嘉のレコーディング等々、幅広い活躍を続けていたが、今年、8月25日に過労(解離性大動脈瘤)のため急逝。享年50歳。

このアルバムは、僕がジョージ・ウィンストンに夢中だったころに日本のSHI-ZENレーベル(ポリドール系)から発売された。偶然、京都のショップで手に取り、その美しいジャケットに魅かれて購入して以降、僕の大切な宝物となっている。

このアルバムには、「ダンシング・リーブズ」「幼心への憧憬(しょうけい)」をはじめ9曲が収録され、いずれの曲も日本人の琴線にふれる名曲揃いであるが、特に僕は7曲目の「せせらぎ」を聴くたびに、深く心を揺さぶられる。

なお彼は、このアルバムに続いて、「ウインド・エコー」を発表。以降「アジア・ルネッサンス」(1997)、テレビ番組「悠久の大地インド」のサウンドトラック盤「ムーン・チャイルド」(1999)などを発表している。

働き盛りであった彼の、突然の逝去が残念でならない・・・。

【お薦め盤】

「ライツ・アンド・シャドウズ」(柴田敬一)

1985年発売 ※現在は廃盤

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2008/12/13

カラヤン&ベルリン・フィルの『ベト7』

今回は、ベートーヴェンの『交響曲第7番イ長調(作品92)』に関する個人的な思い出を書いてみたい。

最近は、テレビドラマ「のだめカンタービレ」のテーマ音楽としても使われ一躍有名になったが、もともとクラシック音楽の愛好家の間では常に上位を占める人気の高い作品であり、ベートーヴェンの9曲の交響曲の中では、この曲が最も好きで、何枚もCDを持っているという人も多いのではないだろうか。

僕にとっても、クラシック音楽を聴き始めたころから大好きな曲で、初めて聴いたときは「なんてかっこいい曲なんだろう!」と夢中になったものだ。今となっては記憶は定かではないが、AMラジオ放送から録音したハンス・ドレヴァンツ指揮のNHK交響楽団の演奏が、当時のお気に入りの演奏だった。

最初に買ったレコードは、ブルーノ・ワルター指揮&コロンビア交響楽団(CBSソニー)で、ジャケットにワルターの顔写真が大きくデザインされたレギュラー価格盤。当時、中学生だった僕にとって2,200円もするレコードは大きな買い物だった。演奏は必ずしも大満足とまではいかなかったが、なかなかの名演だったように思う。

それ以降、レコードやCDでは、ベーム、クライバー、ショルティ、アーノンクール、ジンマン盤など、数々の名演奏に出会ったし、放送でも、ホルスト・シュタインがNHK交響楽団を指揮した、いかにもドイツ風の堅牢な演奏が印象に残っている。実演でも接する機会が多く、最近では、飯田文化会館(長野県)で開催された「アフィニス夏の音楽祭」のファイナルコンサート(下野竜也指揮)が白熱の名演で、演奏が終わるや否や、聴衆が一斉に総立ちとなって拍手を送ったことが思い出深い。

そうした数々の遍歴を経て、現在、僕が最も気に入っているのは、ヘルベルト・フォン・カラヤンが1976年にベルリンフィルと録音した、カラヤン3度目のスタジオ録音である。

当初は全集として発売され、後に分売されることになったレコードのジャケットには、曲ごとに立体数字の写真が使われていて、例えば、『英雄』は炎に包まれた「3」、『田園』は嵐の後の空を背景にした「6」など・・・。当時は、安っぽい印象しかなかったが、今思えば、なかなか秀逸なデザインだった。

ちなみに第7番は、こんなデザイン。なぜ「7」の数字が水面を進んで(浮かんで)いるのかは今でも疑問だが。

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ご承知のとおり、カラヤンは何度もこの曲を録音していて、60年代や80年代の録音も名演だと思うが、この70年代のカラヤンはまさに「無敵」で、この全集においても、第5番や第6番をはじめとしてカラヤンの最高の名演が刻まれている。

第1楽章 冒頭の和音から強烈なエネルギーを感じさせるが、15小節目以降、低弦が中心となって奏される上昇句の勢いが素晴らしい。やがて主部に入り、88小節目からの喜びの爆発! その後もグイグイと、まるで遠心力がついたかのように一気呵成に曲は進み、圧倒的なコーダとなる。

第2楽章 有名なアレグレットのテーマが、レガートで歌われるところがカラヤンらしい。75小節目からの総奏による第3変奏も聴きどころのひとつ。

第3楽章 「滑舌」のよいヴァイオリン、テンポも小気味よい。例えば117小節目から第1ヴァイオリンで奏される走句の軽さは何と絶妙であることか!

第4楽章 冒頭から、まさに「爆演」とでも呼ぶべき演奏。その緊張感が一瞬たりとも途切れないのが素晴らしい。そして訪れる嵐のようなコーダ。まさに「バッカス(酒神)の饗宴」である。

少人数で端正に演奏されることもある曲だが、不完全燃焼のまま終わってしまうことも多い。その点、このカラヤンの演奏は、終始圧倒的なエネルギーを放出させつつ劇的なクライマックスを迎える。聴き終えた後のカタルシス効果は抜群で、この曲の究極の表現のひとつであると断言したい。

僕はこれまで、この曲にどれだけ励まされ、心を奮い立たせることができたことか・・・。古今東西、あらゆる名曲の中でも最高の名曲、そして名演奏だと思う。

【お薦め盤】
ベートーヴェン:交響曲第7番
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(グラモフォン)

1976年録音

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※このCDは現役盤です。(第5番とのカップリング)

2007/05/04

坂本龍一の「コーダ」

ポップスやクラシックなど、ジャンルの垣根を超えて活躍する「世界のサカモト」こと坂本龍一(さかもと・りゅういち、1952~  )については、今さら改めて経歴を述べるまでもないが、作曲家としてだけでなく、ピアニスト、音楽プロデューサーとして、また近年は、環境問題や反戦・平和活動にも傾倒し、そのマルチな活躍ぶりは海外でも大きく注目されている。

僕にとっては、やはりY.M.O時代の華々しい活躍の印象が大きいが、それ以上に衝撃的だったのは、映画『戦場のメリークリスマス』や『ラスト・エンペラー』の音楽の素晴らしさで、そのリリカルでオリエンタルな音楽に感動し、とりわけ『戦場のメリークリスマス』の音楽については、彼自身がピアノで演奏したカセットブック)「Avec Piano(アヴェック・ピアノ)」(K・I・C思索社)やピアノ譜(やのミュージックほか)を購入し、その音楽の魅力や完成度に強い感銘を受けたことを覚えている。

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曲はよく知られたメインテーマ「メリークリスマス・ミスターローレンス」をはじめ、全部で14曲で構成される。
オリジナル曲はシンセサイザーが主体で演奏されるが、ピアノ演奏用にリダクションされたこれらの曲は、まるでムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』のように、1曲1曲が個性的であると同時に、全体としてまとまりを有しているところが素晴らしい。

ミニマル・ミュージックやラヴェルなどの影響が顕著なこの作品は、いずれも魅力的な曲ばかりだが、特に第12曲「Sowing the seed(種を蒔く)」で、クラスター和音による一撃に続いて、第1曲のテーマのバリエーションがフォルティッシモで奏される場面はきわめて感動的だ。

これらの作品は新たに2曲が加えられ、アルバム「Coda(コーダ)」として1983年にCD発売されているが、ライナーノーツで作曲者自身が述べているように、「戦メリの坂本龍一」に別れを告げ、新たな第1歩を踏み出そうとする決意が、このアルバムの題名にも表れている。

彼の卓越した才能とジャンルを超えた活躍は、それ以降のミュージックシーンに、きわめて大きな影響を与えたことは間違いない。

【お薦め盤】
Coda 坂本龍一

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2006/07/29

アンチェル&チェコ・フィルの『新世界交響曲』

チェコの大作曲家アントニン・ドヴォルザークの『交響曲第9番ホ短調「新世界から」』は、彼の代表作であり、最も人気のある交響曲のひとつである。 特に、ペンタトニック(5音音階)を基本とした郷愁を誘う旋律は、日本人の琴線に深く触れるものであるし、管弦楽法を巧みに駆使したドラマティックな曲運びは、聴く者の心を熱くさせる。


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思い起こせば小学校時代、音楽の授業でこの曲に出会い、休み時間に皆でよくレコードをかけて聴いていた。
そのレコードに収録されていたのが、このチェコの大指揮者カレル・アンチェルの指揮&チェコ・フィルによる演奏だった。(そのレコードに収録されていたのは、第2楽章と第4楽章のみ)
やがて、同じ演奏のLPレコードを購入し、家でも夢中になって聴いた記憶がある。

中学校時代の音楽鑑賞の時間でも、この曲はヴィヴァルディの『四季』と並ぶ人気曲で、普段クラシック音楽を聴かない体育会系の男子連中までもが、この曲を聴いて「かっこええ!」とつぶやいていたことを、今でも憶えている。

しかし大人になり、ターリッヒ・フリッチャイ・ノイマン・クーべリック・カラヤン・アーノンクールなど、数え切れないほどの名演に接するうちに、あれだけ好きだった、このアンチェルの演奏が「少しストイックすぎるのではないか」「いささか音が古い」などと不満を感じるようになり、いつの間にか距離を置くようになってしまった。

そして、20年ほど前に、ドホナーニ&クリーブランド管弦楽団によるCDに出会い、併録の『第8番』を含め、その端正ながらパワフルな演奏に大きな感銘を受け、「これこそこの曲の決定版ではないか」と考えていた時期が長く続いた。

ところが最近、リマスタリングされたこのCDを購入して聴いたところ、今まで抱いていた懸念を払拭してなお余りある素晴らしい演奏・録音に驚嘆。あらためて、このアンチェル盤にのめり込むことになって現在に至っている。

それ以降、いろいろな演奏会やCDでこの曲に接しても、どこか生ぬるく、物足りなさが感じられて仕方ないのだ。ある意味、困ったものである。


さて、このアンチェル盤、すべてが聴きどころといっても過言ではないが、あえていくつかあげてみると、

第1楽章  第2主題提示後、115小節目からのヴァイオリンで奏される経過句の表情付けの見事さ。

第2楽章  中間部の78小節目、チェロのトレモロに乗って、切々と歌われるヴァイオリン(G線)の望郷のメロディー。

第3楽章  端正ではあるが決然としたスケルツォ主題の提示。トリオ部からスケルツォへの怒涛の回帰。

第4楽章  トランペットとホルンによる第1主題の切れ込みの鋭さ。299小節目から全管楽器で奏される第2楽章序奏部のカデンツに基づく圧倒的なクライマックス。 

全編を通じて、金管やティンパニの鋭く弾力に富んだ音色が心地よい。


【お薦め盤】
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」
カレル・アンチェル指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(日本コロムビア)
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2006/02/04

ティルソン=トーマスの『冬の日の幻想』

この『交響曲第1番ト短調「冬の日の幻想」(作品13)』は、チャイコフスキーの初期の傑作のひとつである。

僕が学生当時、なけなしの小遣いで1枚ずつ吟味しながら、LPレコードを買い集めていたころ。グラモフォンの廉価盤シリーズの中で、この盤に目が留まった。「冬の日の幻想」という題名やジャケットも魅力的だったが、何より録音年代の新しい(1971年)ことが魅力だった。

当時、廉価盤しか買えなかった僕にとって、それはとても重要なことだった。なぜなら、「歴史的名盤」という評判やオビにつられて購入したはよいが、録音が古く、モノラルだったり、ステレオ初期固有の硬い音質だったりして失望することが多かったからだ。

当時は、コンポーネントステレオが全盛期だったが、小さな安い装置(モジュラーステレオ)で細々と音楽を聴いていた僕にとって、少しでもよい音で聴けるということは重要なことであり、演奏の素晴らしさ以上に優先される要素だったのである。

さっそく購入し、予想通り録音の良さに大いに満足したが、思いがけず驚いたのは、何より曲の素晴らしさであった。第1楽章の冒頭、ヴァイオリンのトレモロの上に、フルートとファゴットによる「雪の精」のような美しい主題が奏され、題名のとおり、厳しくも美しい冬の世界を思わせる音楽がダイナミックかつドラマティックに展開される。続く第2楽章では、弦楽器による、ほの暗い導入部に続き、心を震わせるような哀愁を帯びたオーボエのメロディーが現れる。この主題の前半部分は長調だが、後半は短調になり、聴き手の心を切なく締め付ける。

B面の第3楽章スケルツォのテーマには、ロシアの雪原を走るソリを連想したものだが、第4楽章については、それまでの曲のイメージに全くそぐわないド派手な展開に、強い違和感を感じたことも事実である。

アメリカの若手指揮者(当時)マイケル・ティルソン=トーマスとボストン交響楽団による演奏は、若々しくパワフルでありながら、叙情あふれる名演奏で、僕にとっては、今でもベストワンに位置付けられる名盤である。

LPを購入した年の冬のある日、自転車通学をしていた僕は、朝、吹雪の中を懸命に自転車をこいでいた。雪の冷たさのため、泣きたくなるような散々な気持ちだったが、堤防道路に差し掛かったころ雪が止み、太陽が差し込んできた。ふと川に目をやった僕は、信じられない光景に自転車を止めた。

雪でさえぎられていた視界が、陽の光によって徐々に霧が消え、対岸まで深く白い霧に覆われた川が目の前に広がった。この世とも思えない美しい幻想的な世界・・・。しばらく呆然と見とれていた僕の脳裏に流れてきたのが、この交響曲の第2楽章の冒頭部分だった。それは素晴らしい瞬間であった。

だが、同時に僕は思った。「おそらく、こんな美しい光景は、人生で二度と見れないだろうな・・・」と。


【お薦め盤】
チャイコフスキー : 交響曲 第1番「冬の日の幻想」 / ドビュッシー:管弦楽のための映像
マイケル・ティルソン=トーマス指揮、ボストン交響楽団(グラモフォン)

1971年録音

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2006/01/14

ヤルヴィのグラズノフ『交響曲第5番』

エストニア出身の名指揮者ネーメ・ヤルヴィは、これまでに数多くの注目すべき録音を残してきた。

20年以上前、イギリスのシャンドスやスウェーデンのBISなどの新興レーベルを中心に、シベリウスやプロコフィエフ、スクリャービンなどの交響曲全集を次々と完成させた。注目すべき点は、これらの大作曲家の比較的よく知られている作品だけでなく、今まで全く録音されてこなかった曲を、フィルアップとして取り上げてくれたことだ。

さらに特筆すべきことは、これまで一部にしか知られていなかった作曲家、例えば、デンマークのニルス・ガーデやスウェーデンのヴィルヘルム・ステンハンマル、ヤルヴィの母国エストニアのエドゥアルド・トゥビンなどの隠れた名曲というべき作品を積極的に録音し、彼らの再評価に多大な貢献をしたことである。

今回、ここで取り上げるグラズノフについても、ヤルヴィはオルフェオレーベル(ドイツ)で交響曲全集を完成している。(その他、バレエ音楽などの管弦楽曲も数多く録音している)

グラズノフは、決してマイナーな作曲家というわけではないが、録音当時の1980年代前半までは、ソビエト(現在はロシア)以外で、交響曲全集に取り組む奇特な指揮者は存在しなかった。

ここでヤルヴィは、グラズノフが完成した1番から8番の交響曲を、バイエルン放送交響楽団およびバンベルク交響楽団とともに非常に優れた演奏を聴かせてくれるが、その中でも、僕が特に感銘を受けたのは、全集第1弾として発売された『交響曲第5番変ロ長調(作品55)』である。

例えば、第2楽章スケルツォのメンデルスゾーン風の絶妙なリズム感、第3楽章アンダンテの感傷的で心が締めつけられるような美しいカンタービレ、後半に進むにつれ大きな盛り上がりをみせるフィナーレなど、素晴らしい聞き物となっている。もともとこの作品は、グラズノフの交響曲の中でも最も優れた作品だと思うが、作品が持つ魅力を最大限に引き出したヤルヴィの能力には、脱帽である。

近年は、彼の2人の息子(パーヴォ、クリスチャン)が指揮者として、父をしのぐ活躍を見せ始めていて、以前のような活躍が聞かれなくなったのは残念だが、これからもぜひ、よい仕事を続け、われわれファンを楽しませてもらいたいものだと切に願っている。

【お薦め盤】
ネーメ・ヤルヴィ指揮、バイエルン放送交響楽団(オルフェオ)

1983年録音

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2005/07/23

シャハムのコルンゴルト『ヴァイオリン協奏曲』  

近年、コルンゴルトの再評価に伴い、代表作であるこの『ヴァイオリン協奏曲ニ長調(作品35)』の録音も数多くリリースされ、演奏会で取り上げられる機会も確実に増加している。ファンにとっては、喜ばしい限りである。

僕がこの曲を知ったのは、イツァーク・パールマンのヴァイオリン、アンドレ・プレヴィン指揮&ピッツバーグ交響楽団によるCD(東芝EMI)を購入したことに始まる。しかし、そもそもこのCDを買おうと思ったのは、カップリング曲のゴルトマルクの『ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調』を聴きたかったからであり、当時は、アメリカの作曲家?のコルンゴルトなど興味もなかった。

さっそくお目当てのゴルトマルクを聴いて、曲の良さは一応わかったが、演奏は生ぬるく、録音がまったくさえない・・・。当時のEMIは、デジタル録音の導入やCD化以降も、相変わらず高音がくぐもったような録音が非常に多く、ジャン・フィリップ・コラールによるサン=サーンスのピアノ協奏曲全集など、ひどい録音(『レコ芸』の録音評は、なぜか点数が高かった)に、深く失望した記憶がある。

その後、しばらく放置していたCDを、なぜまた聴こうと思い立ったのかは今となっては思い出せないが、おそらく初めて耳にしたコルンゴルトの曲を聴いて、「うん? なかなかいい曲じゃないか・・・」と感じたのは確かである。


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そして何度か聴き返すうちに、隠れた名曲であることを確信し、この作曲家のことを調べて、彼の恐ろしいまでの神童ぶりに驚き、夢中になった。ちょうど世間でも、コルンゴルトのリバイバルが起こりつつあり、ドイツ北西部に本拠を置き、ユニークな選曲のCDを発売することで話題のCPOレーベルでは、管弦楽曲全集のプロジェクトが進行していたのである。

しかし、相変わらずこのヴァイオリン協奏曲の現役盤は、演奏も録音もいまいちなこのEMI盤しかなかった。「もっといい録音で聴きたい」という想いは募るばかりであった。

そこに登場したのがこの、ヴァイオリン界の俊才ギル・シャハムによる録音である。期待に胸はずませて飛びついたのは当然である。そして、素晴らしい演奏と録音に大いに満足し、しばらく夢中になった。

曲は伝統的な3楽章形式にしたがうが、どの部分をとっても美しさの限りだ。世紀末ウィーンの香りとハリウッドの映画音楽のゴージャスかつセンチメンタルな音世界が絶妙にミックスされている名曲である。

いくぶん線の細さを感じさせつつも、艶のあるシャハムのヴァイオリンの音色は、この曲の性格にぴったりで、恐ろしいまでの超絶技巧を要求されるはずのテクニックの不安を微塵も感じさせない。指揮のプレヴィンもパールマンのときとはうって変わって素晴らしく、ロンドン響の演奏も申し分ない。

その後、初演時からこの曲を愛奏していたというハイフェッツの名演に接し、大いに感銘を受けるなど数多くのCDを聴いてきたが、僕にとってこのシャハム盤は、まったく色あせることない不動のベストワンであり、初めてこの曲を聴く人にも、強くお薦めしたい。

【お薦め盤】
Violin Concertos / Much Ado About Nothing Suite
ギル・シャハム(Vn)、アンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団(グラモフォン)

1993年録音

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2005/03/05

チェリビダッケのチャイコフスキー『第5交響曲』

ルーマニア生まれの大指揮者セルジュ・チェリビダッケ(1912~1996)は生前、レコーディング嫌いとして知られ、モノラル時代や自作の録音を除き、正規録音を除き残さなかった。しかし、放送録音は例外?だったようで、僕もFM放送で何度も彼の演奏を聴いたことがあり、ゆっくりとしたテンポと神経質ともいえるカチッとした演奏を、ときどき混じる「ティー、ティーッ!」という鋭い声とともに記憶している。

彼の死後、息子たちにより、生前に残された放送録音から選りすぐりの演奏がグラモフォンやEMIでCD化され、現在、多くの名演を聴くことができるのは、故人の意思は別として、誠にありがたいことだと思う。

これらのCDの中では、シューマンやブルックナーとともに、とりわけ優れた演奏だと思えるのがチャイコフスキーだ。今回は、その中から『交響曲第5番ホ短調(作品64)』を紹介する。

この演奏も他の例にもれず、テンポは遅いが、少しもいやではなく、むしろ確固とした足どりが心地よい。
驚くべきはミュンヘンフィルの演奏で、冒頭からフィナーレまで緊張感とスタミナが切れない。例えば第4楽章の490小節からトランペットが奏でるゆるぎない響きはどうだ。スタジオ録音ではないのに、これはすごいことだと思う。

第1楽章186小節目以降、チャイコフスキーの特徴である「ストリンジェンド(だんだんとせき込んで)」の焦燥感、第2楽章45小節目ピアノから56小節のフォルティッシモに向けての熱い高揚感など、聴きどころは枚挙にいとまがない。

この名曲の最高の演奏のひとつである。

【お薦め盤】
セルジュ・チェリビダッケ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(EMI)

1991年録音

Celibidachecd


  

2016年10月
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