作曲家、この一曲(ナ行~ハ行)

2010/02/13

ホフシュテッター セレナーデ

「誰じゃそれ?」と言われそうだが、ロマン・ホフシュテッター(1742~1815)は、オーストリアのアマチュア作曲家であり、本職はベネディクト会の修道士である。

今回取り上げたいのは、近年までハイドンの代表的な弦楽四重奏曲のひとつとされてきた作品で、第2楽章のアンダンテ・カンタービレは、「ハイドンのセレナーデ」として親しまれてきた名曲である。

当時、人気作曲家であったハイドンの名で楽譜を売ろうとした出版者が原因だとされるが、著作権という概念がなかった当時は、このようなことは日常茶飯事だった。
ハイドンを崇拝していた彼は、自分の作品がまさか「ハイドン作」として出版されたことを全く知らされず、貧しいうちに、その生涯を閉じたらしい。

ハイドン研究者の間でも、以前より偽作の疑いが強かったのだが、うやむやのまま時が過ぎ、今でもコンサートでは、ハイドンの曲(あるいは「伝ハイドン作」)としてプログラムに書かれ、ホフシュテッターの名が明記されることは少ない。

ハイドンの曲ではないことが明らかになったからか、最近めっきり録音も減っていることが残念でならない。
いくら無名の作曲家の作とはいえ、名曲であることは確かなのだ。ハイドンの作だからではなく、心を打つ作品だから時代を超えて親しまれてきたはずではなかったのだろうか。

この名曲が、いつか堂々と「ホフシュテッター作曲」として、認知されていくことを願ってやまない。

曲は終始、第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロによるピチカートによる伴奏の上に、第1ヴァイオリンが美しく気品のある旋律を奏でる形で進んでいく。

【お薦め盤】
コダーイ弦楽四重奏団(ナクソス)

Hoffstetter


【追記】
youtubeにも、映像が多数掲載されています。(2011年2月11日加筆修正)
※やはり「ハイドンのセレナーデ」としてですが・・・。


2009/06/13

バックス 交響詩『ティンタジェル』

アーノルド・エドワード・トレヴァー・バックス(1883~1953)は、ロンドン生まれのイギリスの作曲家である。

Bax

裕福な家庭に生まれ育ち、王立音楽院から王立音楽大学に進み、スタンフォードやパリーに学んでいる。学生時代に、古代ケルト民族の民話に触れ、以後の生涯を、アイルランドやスコットランドを拠点に、ケルトの民族色を基盤に置いた作曲家として活躍する。

代表作としては7曲を数える交響曲が挙げられるが、今回取り上げる『ティンタジェル』や『11月の森』など、古代ケルトの人々や自然に霊感を受けて作曲された交響詩が有名である。R.シュトラウスやエルガーなどの後期ロマン派にドビュッシーやラヴェルなどの影響が加味された幻想的で色彩豊かな作風が特徴である。

この交響詩『ティンタジェル』は、1919年に作曲された彼の最も広く知られた作品。アーサー王伝説のティンタジェル城の栄華を表現した曲で、冒頭から壮大な海の情景が描かれ、中間部では城にゆかりのあるトリスタン伝説にちなんで、ワーグナーの歌劇『トリスタンとイゾルデ』からの一節も引用される。

演奏時間は約15分半。

【お薦め盤】

バーノン・ハンドリー指揮、BBC交響楽団(シャンドス)

Baxcd


【追記】

youtubeに名演奏が掲載されています。(2012年1月加筆)

2009/06/06

ビゼー 夜想曲第1番

歌劇『カルメン』や組曲『アルルの女』で知られるフランスの作曲家ジョルジュ・ビゼー(1838~1875)は、音楽家の両親のもとに生まれ、弱冠9歳でパリ音楽院に入学した神童であった。

Bizet

彼は、オペラやオペレッタの作曲家として成功することを夢見て、十代のころから作品を発表するが、なかなか成功に恵まれず、『カルメン』でさえ、36歳の若さで亡くなった後になって、ようやく認められたという不遇の人生を送った。

今回ご紹介するのは、1854年、彼が16歳の時に作曲した『夜想曲第1番ヘ長調』である。
2曲残された夜想曲のうちの最初の曲で、冒頭、左手のアルペジオに乗せて、幻想的でリリカルなテーマが奏される。音楽院時代の「習作」とされているが、ピアノの名手だった彼らしい一度聴いたら忘れられない印象を残す名品で、ショパンやシューマンのピアノ曲を好きな人にも、ぜひお聴きいただきたい。

演奏時間はおよそ7分半

【お薦め盤】
ピーテル・ファンホーフ(Pf)(パヴァーヌ)

Bizet_piano


【追記】
ようやく、youtubeにも音源が掲載されました!(2011年3月加筆)

2009/05/05

ファリャ ベティカ(アンダルシア)幻想曲

近代スペイン音楽の中心的存在であるマヌエル・デ・ファリャ(1876~1946)は、民族主義的要素と印象主義を巧みに融合した作風で広く知られる作曲家である。

Falla

マドリードでピアノを学び、スペインの舞台劇である「サルスエラ」の音楽を数多く手がけて認められる。1907年からパリに出て、デュカスやドビュッシー、ラヴェルなど多くの作曲家たちと親交を結ぶ中で、独自の作風を確立していった。代表作として有名なバレエ音楽『恋は魔術師』や『三角帽子』は、このころに生み出された作品である。

1921年には母国へ戻り、グラナダに居を構え新古典主義的要素の強い作品をいくつか発表していたが、1936年にスペイン内戦が勃発、やがてその混乱を避けてアルゼンチンに亡命し、そこで生涯を終えた。

今回取り上げる『ベティカ幻想曲』は、1919年に作曲されたピアノ曲で、題名にある「ベティカ」とはアンダルシアの古い呼称である。そのためこの曲は、『アンダルシア幻想曲』と呼ばれることも多い。

全編を通してスペインの民族的要素の濃厚な作品で、3拍子系を中心にした舞曲が次々と現れる。演奏には高度な技巧を必要とするが、華やかで演奏効果の高い名曲である。

演奏時間は約13分ほど

【お薦め盤】
ジャン=フランソワ・エッセール(ワーナー・クラシックス)

Fallacd


【追記】
youtubeにも、いくつか演奏が掲載されています。(2011年1月加筆修正)

2009/04/04

ビーチ 交響曲「ゲーリック」

エイミー・ビーチ(1867~1944)は近代アメリカの作曲家で、女性音楽家の草分け的存在のひとりでもある。かつては「ビーチ夫人」という呼称が一般的であったが、現在では、エイミーの名が使われている。

Beach

幼少のころから母親にピアノを学び、音楽の才能を開花させ、弱冠16歳でピアニストとして華々しくデビューするが、2年後にボストンの外科医であったヘンリー・ビーチの後妻となり、作曲活動に専念する。その後、夫や母が亡くなると、ドイツを拠点にピアニストとしての活動を再開し、アメリカやヨーロッパ各地で演奏を行った。

作風は、後期ロマン派の様式に従い、歌劇(1幕物)はじめ、管弦楽曲や協奏曲、室内楽、歌曲など、さまざまな分野で数多くの作品を残していて、今回ご紹介する『交響曲ホ短調「ゲーリック」(作品32)』は、彼女の唯一の交響曲で、若き日の代表作のひとつである。

「ゲーリック(ゲール風)」という題名が示すとおり、彼女のルーツでもあるアイルランドのケルト民族の民謡を取り入れた作品で、伝統的な4つの楽章からなる。第2楽章の素朴なシチリアーナのメロディー、第4楽章フィナーレの壮大でありながら、みずみずしさを感じさせる筆致が特に印象的である。

なおこの作品は、ベルリンフィルが初めて演奏したアメリカ人作曲家の作品としても知られている。

演奏時間は約42分

【お薦め盤】
ケネス・シャーマーホーン指揮、ナッシュヴィル交響楽団(ナクソス)

Beachcd_2


【追記】
youtubeに音源が掲載されています。(2013年8月18日修正)


2009/03/21

ノルベルト・ブルグミュラー クラリネットとピアノのための二重奏曲

ドイツ生まれの作曲家ノルベルト・ブルクミュラー(1810~1836)は、ピアノの教則本で有名な『25の練習曲』などを作曲したヨハン・アウグスト・フランツ・ブルクミュラーの弟である。

Nburgmuller

デュッセルドルフ市の音楽監督も勤めた父の下で、幼少より音楽の才能を現した彼は、やがてシュポアから作曲を学ぶ。大人になっても定職に就かず、音楽家仲間の中で作曲に専念、将来を嘱望されるが、26歳の若さで早世してしまう。

メンデルスゾーンは『葬送行進曲(作品103)』を、彼の追悼のために作曲した。また彼を、「若い世代における最も優れた才能」と称したシューマンは、その夭折を、シューベルトと並べて悼んでいる。

彼の残した作品には、交響曲や弦楽四重奏曲などがあるが、比較的有名なのは、今回ご紹介するこの『クラリネットとピアノのための二重奏曲変ホ長調(作品15)』であり、死の2年前、1834年に作曲された。

冒頭、ピアノの伴奏に乗ってクラリネットで奏される主題は、どこまでも透明で美しく、聴く者の心を瞬時にとらえてしまう魅力を持っている。

演奏時間はおよそ10分

【お薦め盤】
ピエール=アンドレ・タヤール(ClsCl)、エドアルド・トルビアネッリ(FP)(Pan Classics)

Brugmillercd


【追記】
youtubeにも、いくつか映像が掲載されています。(2010年3月29日加筆)

2009/01/11

バーンズ 詩的間奏曲

アメリカ合衆国の作曲家で指揮者のジェームズ・チャールズ・バーンズ(1949~   )は、吹奏楽の世界において数多くの作品を手がけるとともに、指導者としても活躍している大家である。

Barnes

オクラホマ州ホーバートに生まれた彼は、カンザス大学で作曲を学び、1977年からは母校において作曲や編曲法を教えている。また、親日家としても知られ、1989年の初来日以降、日本で多くの吹奏楽団の指導を行うとともに、委嘱作も数多い。とりわけ『アルヴァマー序曲』は、吹奏楽の名曲として、コンクールや定期演奏会などで盛んに演奏されている。

これまでに交響曲(6曲)をはじめ、数多くの吹奏楽作品を手がけ、上記の『アルヴァマー序曲』や『アパラチアン序曲』に代表されるように、親しみやすく明快な曲想が大きな魅力となっている。

今回ご紹介する作品は、ピッツバーグのノースヒル・ハイスクール・バンドの委嘱により作曲された『詩的間奏曲(Poeteic Intermezzo)』で、彼の代表作のひとつ。

金管による変ロ長調の荘厳な導入部の最後に残るF音を引き継いで、ウン・ポコ・メノ・モッソ(少し速度を落として)の指示で独奏ホルンが変ロ短調の主要主題を奏でるが、この憂いに満ちた息の長い旋律とハーモニーは極めて美しく印象的である。また、中間部でハープの伴奏にのって奏でられるオーボエのカンティレーナも、チャイコフスキーを彷彿とさせる素晴らしさで、聴きどころのひとつとなっている。

とかく輝かしい音色や圧倒されるほどの音圧によって聴かせることの多い吹奏楽曲群にあって、豊かな叙情性が魅力の異色作ともいえよう。

演奏時間はおよそ8分

【お薦め盤】
作曲者指揮、東京佼成ウインド・オーケストラ(佼成出版社)

Barnescd2


【追記】
youtubeに演奏が掲載されています。(2011年10月加筆)

2008/08/24

ニールセン フューン島の春

ヨーロッパにおいては、どの国でも象徴的な作曲家というものがいるものだ。例えば、ノルウェーならグリーグ、フィンランドならシベリウス、ハンガリーならバルトーク、チェコならドヴォルザーク云々・・・。

そんな流れで今回は、デンマークを代表する国民主義的作曲家といわれるカール・ニールセン(1865~1931)について述べてみたいと思う。

Nielsen


フューン島の美しい農村で生まれたニールセンは、父親の影響で幼少期から音楽に親しみ、周囲にその才能を認められ17歳のときにコペンハーゲンの王立音楽院を受験するが不合格。そこで同音楽院の院長で、当時のデンマークの音楽界の重鎮であったニルス・ガーデに自作を見てもらうことで、何とか入学を許されたという。

卒業後は、王立歌劇場の楽長やコペンハーゲン音楽協会の指揮者として活躍し、作曲家としても多くの作品を発表。1930年、王立音楽院の院長に就任するが、翌年心臓発作のためこの世を去った。

ニールセンの作品は、初期のころは師であったガーデやグリーグなどの影響を受けた後期ロマン派風の特徴を持っていたが、晩年になるにつれ多調や半音階の語法を取り入れた内向的で難解な作風となっていった。冒頭に国民主義的作曲家と記したが、その音楽は決して民族主義要素が強調されたものではない。

代表作はやはり、6曲残された交響曲で、特に「消しがたきもの(不滅)」という表題を持つ『第4番(作品29)』や『第5番(作品50)』が名高い。他にも管弦楽曲や協奏曲、室内楽曲に傑作が残されている。

常々僕は、交響曲で聴く彼のオーケストレーションの素晴らしさに注目していて、「もし、オーケストラ伴奏のドラマチックな合唱曲があれば、文句なしに素晴らしいに違いない」と思っていた。しかし調べてみると、彼は66年の生涯において、ほとんど数えるほどしか、オケ付きの合唱作品を残していないことが分かった。大変残念なことである。

そんな数少ない合唱作品の中で、お薦めしたいのが、1921年に作曲された独唱及び合唱と管弦楽のための『フューン島の春(作品42)』である。曲は、デンマーク合唱協会主催の「わが国の自然、歴史、生活」をテーマにした詩の公募で選ばれたA.バーンセンのテクストに基づいているが、何と、彼は若き日のニールセンがコペンハーゲンで学ぶために援助してくれた支援者の息子であった。

冒頭「穏やかな日は明るく長く」から、独唱及び合唱が穏やかに、ときには高らかに春の到来の喜びや美しい自然を歌い繋いでゆく。作曲当時のニールセンは、彼自身の離婚問題をはじめ多くの困難を抱えていたが、この作品にはそのような要素は微塵も感じられず、晴れやかで祝祭的な雰囲気に満たされている。1922年に、フューン島の都市オーデンセで行われた初演は、国内外から900人超える合唱団により行われ、デンマーク国王や王妃をはじめ、8千人の聴衆が集まったという。

生まれ故郷フューン島にちなんだ作品、作詞はかつての恩人の子息、そして現在の自身の境遇・・・。ニールセンの心に去来したものはいったいどのような思いだったのだろうか。

演奏時間はおよそ18分


【お薦め盤】
レイフ・セーゲルスタム指揮、デンマーク国立放送交響楽団、合唱団、聖アンナ児童合唱団ほか(シャンドス)

Nielsencd


【追記】
youtubeに映像が掲載されていますので、ぜひご覧ください。(2010年4月加筆)

2008/07/27

ベルワルド 交響曲第3番「サンギュリエール」

ロマン派時代のスウェーデンの作曲家フランツ・アドルフ・ベルワルド(1796~1868)は、今でこそスウェーデンの重要な作曲家のひとりとして認識されているが、僕が知る限り20年ほど前までは(特に日本では)まったくと言っていいほど無名の音楽家だった。

Berwald

ドイツから移住した音楽家の家系に生まれた彼は、幼いころから父親にヴァイオリンを学び、宮廷楽団などで演奏活動をはじめたという経歴を持っている。

やがて独学で作曲にも手を染めるようになり、管弦楽曲や室内楽曲をはじめ、数多くの曲を作曲するが、一部の作品を除き、なかなか認められることはなく、1829年、ベルリンに留学し作曲を続けようとするが断念、39歳になった1835年には、整形外科の診療所を開業し生計を立てることになった。

1845年に作曲されたこの『交響曲第3番ハ長調「サンギュリエール」』も、彼の死から半世紀以上たった1914年になって、ようやく初演された作品で、今日では彼の代表作のひとつとされている。曲は「急・緩・急」の3つの楽章からなるが、第2楽章アダージョの中間部にスケルツォが配置されるという構成をとっている。

僕がこの「風変わりな」という意味の題名を持つ、この交響曲を初めて聴いたのは大学生時代であるが、ネーメ・ヤルヴィ指揮、エーテボリ交響楽団による演奏を聞いたとき、何か言葉に表せない違和感?を感じたものだった。

「何だ、このへんちくりんな曲は・・・」

大枚をはたいて買ったCDでもあり、何度も懸命に聴き返して好きになろうとしたが、特にアレグロ・フォコーソ(火のように)と指示された第1楽章とフィナーレ楽章は、せかせかした旋律や展開、無理やりなクレッシェンドに、「だから風変わりと呼ぶのか」と妙に納得したもので、ヤルヴィ指揮による演奏も、この指揮者の欠点(しばしば感覚的に流れすぎる)が露呈してしまっているように思えた。

この曲を「まあまあ聴ける」ようになったのは、ここ十年ほどのことであり、今回お薦め盤は、曲の魅力を十二分に引き出した演奏といえるだろう。

なおベルワルドは、晩年、ストックホルム音楽院の作曲科教授に任命されるなど、ようやくその業績が認められつつあった矢先に肺炎のため逝去する。20世紀に入ると、ステンハンマルをはじめとする母国の後輩音楽家たちが、彼の作品を積極的に取り上げ、今日の再評価へとつながることになった。

演奏時間は約30分

【お薦め盤】
トマス・ダウスゴー指揮、デンマーク国立放送交響楽団(ブリリアント)

Berwaldcd


【追記】
youtubeに演奏が掲載されています。(2010年2月1日加筆)
※演奏は異なります。

2008/05/03

フンパーディンク 夕べの祈り

歌劇『ヘンゼルとグレーテル』によって知られている近代ドイツの作曲家エンゲルベルト・フンパーディンク(1854~1921)は、リヒャルト・ワーグナーの音楽に共鳴し、一時期、彼の助手としても活躍した。

Humperdinck

若き日にケルン音楽院において、ベートーヴェンとも親交のあった作曲家フェルディナント・ヒラーに学び、その後、ミュンヘンでシューベルトの親友であったフランツ・ラハナーらに師事。ヨーロッパ各地で活躍するが、1887年にケルンに戻って以降は、ドイツ国内の音楽院などで後進の指導にあたった。

彼の代表作である歌劇『ヘンゼルとグレーテル』は、グリム童話集の『ハンスとグレーテ』に基づき、作曲者の妹であったアーデルハイト・ヴェッテが台本を制作、1893年にリヒャルト・シュトラウスの指揮により、ワイマールで初演されたメルヘン・オペラの傑作である。

この歌劇には、数多くの印象的な曲が含まれるが、その中で今回、取り上げるのは「夕べの祈り」の音楽である。この旋律は、前奏曲や本編においても効果的に使われているが、それをウィーン・フィルのホルン奏者たちが演奏した録音が特筆すべき名演なのである。

この演奏は、長い間、FM放送で夜のクラシック番組のエンディングテーマに使われていたことから、聞き覚えのある方も多いと思うが、僕は、この演奏を聴くたび、なぜか強いデジャヴュを感じる。このウィンナ・ホルンの名手たちによる演奏は、醸し出される雰囲気が実に素晴らしい。

演奏時間は約3分半

【お薦め盤】
ウィーン・ヴァルトホルン合奏団(デッカ)

最近、CDで復刻されたので、そのジャケットを掲載する。(2011年2月加筆修正)

Wienerwaldhorncd


【追記】
youtubeに前奏曲の演奏が掲載されています。冒頭のホルンが奏する旋律が「夕べの祈り」のテーマです。(2010年12月加筆)


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