« 2013年8月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

2013/12/01

交響曲”HIROSHIMA”、そして…

秋いよいよ深まる11月24日、かねてからの望みだった佐村河内守(さむらごうち・まもる、1963~ )の『交響曲第1番”HIROSHIMA”』を聴くために、神戸国際会館(神戸市中央区)を訪れた。

以前の記事にも書いたが、今夏に横浜で聴くつもりで購入したチケットを、自分の不注意で無駄にしてしまった。そこで、そのリベンジとして出かけたのが今回の演奏会だ。早めの昼食を済ませ、神戸の街の賑わいを散策した後、開場時間の15分ほど前に会場に到着すると、すでに多くの人垣ができていた。僕にとって、この会場は、ジョージ・ウィンストンのピアノソロリサイタルを聴いて以来だ。


Kobekokusaikaikan


取り立てて急ぐ理由もないし、陽気もいいので、会場前の広場でしばし休息。開場直後の混雑が緩和するのを見届けた後に入場した。

神戸国際会館こくさいホールの収容人数は、約2100席。当日の客席は、ほぼ埋まり、演奏会への期待の大きさをうかがわせる。僕の席は、1階の真ん中通路付近という見通しのよい場所だった。ふと右斜め前を見ると数席の空席があり、その隣に作曲者のご母堂とおぼしき女性の姿が見えた。これはきっと作曲者を含む関係者の席が確保されているのに違いないと確信。予感は的中し、開演しばらく前、佐村河内守氏が会場の観客の大きな拍手の中、入場した。思いがけず作曲者の至近距離に座ることになったということで、緊張で身が引き締まる思いだった。去る3月の「吉松隆還暦コンサート」でも思ったのだが、作曲者と同じ時間と空間で作品を聴けるという喜びは、一言で言い表せないものがある。

今回のコンサートは、サモンプロモーションが今年から来年にかけて行っている『交響曲第1番”HIROSHIMA”』全国ツアーの一環で、この約70分の交響曲たった1曲というプログラムで、全国30ヵ所において順次開催されている。指揮者は一部を除いて金聖響氏が担当し、全国各地の12のオーケストラが演奏する。近年類をみない、なかなか思い切った企画だと思うが、興行的に採算が取れるのかどうか、部外者ながら少し心配になってしまう。


Samuragochileaf2


肝心の演奏だが、やはり生演奏で聴く『交響曲”HIROSHIMA”』は、「圧倒的」という一語に尽きる。すでにCDやDVD、テレビ放送で幾度も耳にしている作品だが、実演から受ける衝撃や感動は、それをはるかに上回る。

複雑かつ緻密に編みこまれたオーケストレーションの妙味は、実演でこそ体験(発見)できると改めて実感した次第。弱音時における繊細な楽器の使い方もさることながら、フォルティッシモで驀進(ばくしん)する怒涛の展開には、ただただ圧巻される。これぞオーケストラを聴く醍醐味、といってよいだろう。

この交響曲は、しばしばマーラーやブルックナーなどの影響を指摘される。確かに終楽章終結部の「天昇コラール」と呼ばれる感動的な部分は、マーラーの『交響曲第3番』の終楽章を思わせるところがある。僕自身の全体的な印象としては、表現方法において、チャイコフスキーの『悲愴交響曲』との類似性を強く感じる。

全3楽章は、ソナタ形式などに基づいているが、必ずしも定石どおり進むわけではない。例えば、提示部で登場した主題が、後半に再現される場合、決して以前と同じような姿では現れず、一ひねりも二ひねりもしてあるので、うっかりすると気付かないで過ぎていってしまう。そのため、曲全体のフォルムがつかみにくく、とりとめの無い曲のように思えてしまうが、聴き込んでいくと、それがまた魅力になっていることを実感できると思う。

ただ、全体を通して、暗く重い音楽が1時間以上続くので、テレビ番組で流れていた終結部だけを聴いて、全曲を聴いてみたいと思っていた人にとっては、期待を裏切られることになるのかもしれない。しかし、曲の随所に聴きどころがあり、1時間を超える長く重苦しい時間を経た後に訪れる「天昇コラール」の美しさは格別である。興味を持たれた人には、ぜひとも繰り返し聴いてもらいたいと思う。

金聖響氏が指揮する大阪交響楽団(旧大阪シンフォニカー)の演奏は、スケールが大きく、悲劇を予感させる第1楽章冒頭から、光りの中に包まれてゆくようなコーダまでの約70分間は、本当にあっという間だったが、物足りないという気持ちは起こらない。演奏後は、作曲者がステージに上り指揮者とがっちりと抱擁。スタンディングオベーションが長く続いた。

終演後、ホワイエにおいて作曲者のサイン会が行われるという場内アナウンスが流れた。せっかくの機会なので、以前購入済みのツアープログラムを再度購入し、すでに長蛇となっている列の後ろに並んだ。そして順番を待つことおよそ数十分、自分の番が回ってきた。あらためてご本人を目の前にすると、やはり緊張する。

通訳の人を通じて、夏の東京での展覧会のことなど、一言二言、お伝えすると、「どちらからこられたのですか?」という言葉。「岐阜です」と答えると「ああ、それはどうもありがとうございます」と両手を差し伸べられ、握手をしていただいた。その大きな手と指に巻かれた包帯の感触が手のひらに残った。

4月以降、仕事の都合で、なかなか先の予定が立てられない中、8月の展覧会、9月のピアノ・ソナタ演奏会に続いて、かねてより悲願だった『交響曲第1番”HIROSHIMA”』の実演を聴くことができた。

交響曲の実演に接することができた感動と、サイン会での思いがけないうれしい出来事で、感激の余韻に浸りながら、幸せな気持ちで会場を後にした。


Hyougokencyoumae


テレビや雑誌などで取り上げられ、CDも17万枚を超える大ベストセラーになるなど、世間にも広く認知される存在になった彼が、次に期待されるのは、やはり『交響曲第2番』だろう。すでに曲は2005年に出来上がっていて、音楽評論家の許光俊氏をして「美しい。人間を超えた宇宙だ」と感嘆させた演奏時間110分に及ぶ作品。しかし作曲家自身は迷っているようで、「破棄するかもしれない」と述べている。

次の交響曲に対する、周囲からの期待の大きさが、作曲家自身への過剰なプレッシャーになっているとしたら、何とも複雑なところではあるが、ぜひとも発表してほしいと願っている。また、この文章を書きながら、あの感動をもう一度体験してみたいという思いがわきあがってきた。『交響曲第1番”HIROSHIMA”』全国ツアーは、これからも続くようなので、また機会を見つけて聴きに行きたいと思う。


※文章において、一部、敬称を省略させていただいています。ご了承ください。

« 2013年8月 | トップページ | 2014年1月 »

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Twitter

無料ブログはココログ

Amazon ウィジェット

  • ウィジェット