« ヒラリー・ハーンの魅力を語る | トップページ | 交響曲”HIROSHIMA”、そして… »

2013/08/19

佐村河内守の世界展

旧盆が過ぎても、まだ暑さが和らごうとしない8月18日、東京ミッドタウン(東京都港区)ホールBで開催されている「佐村河内守 交響曲第1番≪HIROSHIMA≫の世界展」を見た。


Samuragochiexhibition3


僕は2年ほど前、当サイトで佐村河内守(さむらごうち・まもる、1963~ )に関する紹介記事を書いたことがあるが、ここ最近、1年ほどの間に、彼に関するテレビ特集が何度も組まれ、大きな反響を巻き起こしたことは、すでにご承知のとおりである。「現代のベートーヴェン」とも呼ばれ、発売されたCDはクラシック音楽としては17万枚以上という異例の大ベストセラーとなっている。70年近い昔の原爆の惨劇を描いたとされるこの交響曲は、東日本大震災の被災地でも「希望のシンフォニー」として評判を呼び、瞬く間に全国に広まった。そして現在、この交響曲は、全国ツアーとして、今年6月15日のザ・シンフォニーホール(大阪市北区)を皮切りに、来年2014年にかけて、全国20箇所以上で開催されることになっている。現代の作曲家としては前代未聞のことである。


実は、この日の僕は、ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川県川崎市)において、交響曲や今回初演となる弦楽合奏曲『レクイエム・ヒロシマ』を聴くはずだった。そして演奏会終了後、この展覧会場を訪れるつもりでスケジュールを組んでいたのだが、僕自身のまったくの勘違いで、予約した17日の演奏会チケットを、なぜか18日の分だと勝手に思い込んでいたのだった。間違いに気付いたのは、18日に日付が変わった真夜中のこと。もはや時すでに遅し。手元に用意していたチケットは、一瞬にして紙くずと化してしまった。今回のミューザ川崎公演のチケットは、両日ともに完売だったので如何ともしがたく、あまりのショックに放心状態となった。

ツイッターのタイムラインでこの演奏会の反響を見ると、17日のコンサートは作曲者も会場に訪れ、演奏も大きな盛り上がりを見せ、感動の嵐だったというのを読むにつけて、本当に悔しくて仕方ない。コンサート以外の計画は準備万端だったが、「いまさら悔やんでも、どうにもならない」と自分に言い聞かせて、滅入る気持ちを奮い立たせた。そして、当初、夕方に行く予定だったこの展覧会を、昼一番に行くことに決めたのだった。

そんな経緯の中、出かけた今回の展覧会。会期は9日間(8月17~25日)と比較的短く、日曜日なので相当の混雑を覚悟していたが、昼間の会場内は僕を含めて10人程度という閑散さに拍子抜けしてしまった。よくよく考えてみれば、彼のファンたちは、まさに今、あのミューザ川崎へ演奏を聴きに行っている時間帯だと悟り、再び一人で沈み込む自分…。

交響曲がBGMで流れる会場はスポットライトを使ったパネル展示がほとんどだが、想像以上に見ごたえがあり、作曲家の経歴やインタビュー、作品リスト(全聾以降)の解説などに見入ってしまった。特に興味深かったのは、彼はスケルツォ楽章を「書くつもりがない」という事実。


 私の人生には苦しみのほうが多いので書けないのです。書かない、書けない、ではなく、降りてこない。(中略)陽気なスケルツォを書く意義を感じないのです。


それならば、ショスタコーヴィチやウォルトンのように陰気で邪悪なスケルツォを書けばいいじゃないかと、僕は勝手に思ってしまうのだけれども…。作曲家のポリシーなのかもしれないが、少し残念な気がする。

今回の展示内容は、大きく分けて次の3つに分けられる。 

(1)写真家の大杉隼平による写真パネル   
東日本大震災の被災地(石巻、女川など)での作曲家と被災者のふれあい、演奏会場で聴衆の万来の拍手に応える作曲家、新作『ピアノ・ソナタ第2番』を初演するソン・ヨルムの演奏姿、作曲者の母親とのツーショット、ファンとの交流の様子など。

(2)作曲家ゆかりの品々
マリア像、キリスト像、ベートーヴェンの胸像、母親からのウィーン土産の仮面、愛用の杖、木琴、幼少期に祖父から習ったという尺八、笛、作曲メモ帳、自筆譜、ベートーヴェンの『月光ソナタ』の自筆譜ファクシミリ、読み込まれてぼろぼろになった『運命交響曲』のポケットスコア、管弦楽のための『ヒロシマ』の手稿の一部など。

(3)玉川大学芸術学部の野本教授による『交響曲第1番「HIROSHIMA」』の詳細な曲目解説
譜例をふんだんに用いた、さまざまな角度からの解説は知的好奇心をくすぐられるが、音楽を専攻した人以外には、少し専門的すぎるのではないかという気もした。

他にも、交響曲の随所で重要なシグナルとして使われる鐘(テューブラーベル)を叩ける体験コーナー、映像による作品演奏の紹介(約30分)などが楽しめる。


Samuragochiexhibition


今回の展示会で僕が最も衝撃を受けたのは、テレビのドキュメンタリー番組でも紹介された作曲ノート(A5サイズ)である。赤色や黒色、時には青色のペンでびっしり書き込まれたメモ帳だ。今回は、実物の展示とともに、その全ページをコピーして、壁一面にレンガのように貼られている。その一枚一枚が細かい五線譜と音符で埋め尽くされていて、戦慄を通り越して美しささえ感じるほどだ。以前、テレビで見たときは、正直なところ半信半疑の気持ちもあったが、こうして真近で接してみると、これはすさまじいほどの執念である。不遇の苦しみを味わった作曲家としての苦闘の証(あかし)だと思わざるを得ない。「かつて作曲した、12曲の交響曲や8曲の弦楽四重奏曲などをすべて破棄した」という言葉も、俄然、真実味を帯びてくる。

広い会場内では、展示方法にも随所に工夫が凝らされていて、作曲家自身による交響曲の浄書スコア(30段)の原寸大コピー(第3楽章全ページ)が、台にずらりとレイアウトされていた。そのきわめて緻密かつ正確な筆致からは、作曲者の繊細な性格が見てとれる。

前日(17日)の夜、会場内で開催された野本教授によるスペシャルギャラリートーク「希望のシンフォニーのヒミツに迫る」の映像の一部が、会場の一角に設置されたモニターで流されていた。キーボードを使って演奏しながら、曲の魅力や込められたメッセージをわかりやすく、熱っぽく解説する野本教授の話は大変興味深く、リアルタイムで聴講できなかったことを残念に思う。

販売コーナーでは、各種CDやDVD、最近文庫化された著作『交響曲第1番』(幻冬舎文庫)、当展覧会の冊子(写真集)、Tシャツ(注文受付のみ)、ポストカードなどが並べられていた。僕も記念にいくつか購入したが、特にポストカード(作曲者の直筆サイン入り!)が数量限定で販売されていた。

なお、この展覧会の入場料および関連グッズの販売収益の一部は、東日本大震災の孤児・遺児のために寄付されるとのことである。


Samuragochiexhibition2


会場の展示パネルに書かれたインタビューの内容によると、彼は今後の夢(計画)として、2曲の交響曲、そしてヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲を作曲したいとのこと。正統派の「クラシック音楽作曲家」として認められたいという意識が感じられる。また最近、作曲・初演された『ピアノ・ソナタ第2番』を含む新譜CDが日本コロムビアから10月に発売予定になっており、ぜひ今後の創作活動を楽しみにしていきたい。

本当は、もう少しじっくり時間をかけて観賞したかったのだが、一応、次の予定を組んでいたので、実質、1時間半ほどで会場を後にした。ほしかったグッズも手に入れることができて、まずまず満足のひとときだったのだが、実は何と!この日の夕方(午後6時ころ)、作曲者本人が会場を訪れ、サイン会や来場したファンとの撮影会があったことをツイッターで知った。

ああ、僕は何て運に恵まれない人間なんだろう。当初の計画どおり、夕方に行っていれば、直接話しができる機会があったかもしれないのに…。またも、ショックで落ち込んでしまった。

今週末にも何か特別イベントが企画されるようなので、この展覧会に出かける予定の方は、僕のような後悔をしないように願うばかりだ。


Samuragochileaf


※一部、敬称は省略させていただきました。何とぞご了承ください。


« ヒラリー・ハーンの魅力を語る | トップページ | 交響曲”HIROSHIMA”、そして… »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あくまで私の考えです。
佐村河内守世界展に行き交響曲第一番HIROSHIMAの直筆譜を見てきましたが、理詰めで緻密に計算し尽くされた天才的な傑作かと思います。
ここまで書ける現代作曲家はいないはずです。あれだけ書ける三枝成彰が衝撃を受けるのも無理はありません。
アンチ佐村河内守は、やはりほとんどが現代音楽の関係者でしょう。
自分たちが逆立ちしても書けない音楽をサラサラ書いてしまうのですから、妬む気持ちもわからなくもないのですが、アンチの発言は余りに讒言が多く、憐れにすら思います。

コメントありがとうございます!
お返事が遅くなり申し訳ありません(^-^;
僕も、著書を読んだ段階では、にわかには信じられませんでしたが、テレビやCDなどで曲を聴き、展覧会で楽譜やスケッチ帳を見るに及んで、その才能に確信を持ちました。その後、ピアノソナタや交響曲の実演を聴き、より一層確信を深めているところです。
世間の、いわゆる「ゲンダイオンガク」の関係者たちの態度には、正直、呆れるばかりですが、ある意味、幼稚で滑稽でもあり、われわれファンとしては、ひたすら佐村河内守の世界を大いに楽しもうではありませんか。
作曲家は、その作品で聴き手を感動させてこその存在価値で、前衛音楽ムラの中で、最先端ごっこをしている連中など、放っておけばいいと思います。


>>アンチ佐村河内守は、やはりほとんどが現代音楽の関係者でしょう。
自分たちが逆立ちしても書けない音楽をサラサラ書いてしまうのですから、妬む気持ちもわからなくもないのですが、アンチの発言は余りに讒言が多く、憐れにすら思います。

こいつの今の意見が聞いてみたいね

プゲラッチョfull

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46318/58020020

この記事へのトラックバック一覧です: 佐村河内守の世界展:

« ヒラリー・ハーンの魅力を語る | トップページ | 交響曲”HIROSHIMA”、そして… »

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Twitter

無料ブログはココログ

Amazon ウィジェット

  • ウィジェット