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2013年5月

2013/05/19

ヒラリー・ハーンの魅力を語る

ようやく本格的に春を迎えた感のある5月の11日、現代を代表する合衆国出身の世界的ヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーン(Hilary Hahn)のリサイタルを聴いた。

これまで数多くのCDやDVDなどで彼女の演奏を聴いてきたが、実演に接するのは今回が初めてである。僕の地元である岐阜をはじめ、近場でも何度か演奏会が開催され、生の演奏を聴くチャンスがなかったわけではないが、タイミングが合わず、まさに待ちに待った演奏会となった。

会場は、三井住友海上しらかわホール(名古屋市中区)で、室内楽を聴くには最適の中規模(約700席)のホール。まさに贅沢の極みと言ってよい。彼女クラスの演奏家の場合、愛知県芸術劇場コンサートホールなど大規模なホールで開催されても、おかしくない。しかも、公益財団法人三井住友海上文化財団による助成があるからだろうか、規模の割りにはチケットの価格も低めに抑えられている。

毎年、世界のトップアーティストを招いて自主企画事業を開催しているこのホールは、地元の音楽ファンにとって「聖地」といってよく、こうした活動が地域のクラシック音楽ファンの育成に、どれだけ大きな貢献をしているか計り知れない。

だが、情報によると当ホールは、今年、平成25年度をもって企画事業を終了し、以後は貸館業務に特化する予定とのこと。これまでのような魅力的な演奏会を聴く機会が減ることは、間違いない。長引く厳しい経済情勢を反映してのこととはいえ、適度な規模と優れた音響を有し、世界のトップクラスの演奏を比較的安価に提供してきた自主企画事業がなくなることは、誠に残念なことだと言わざるを得ない。


Hilary_hahnleaf


今回のリサイタルのプログラムは、ピアニストのコリー・スマイスとのコンビで、モーツァルトやフォーレなどの名曲を前半と後半に置きつつ、世界各国で活躍する20人以上の現代作曲家にヒラリー自身が委嘱する新作プロジェクトの中から、日本の大島ミチルの作品を含め、何曲かが披露された。

これらの委嘱作品は、いずれも長くて10分程度の小品で、アンコールピースとしてつくられたものだが、難解なものから比較的聴きやすいものまで変化に富んでおり、それぞれの作曲家が、技術の粋(すい)を凝らして仕上げられたものばかりである。※いずれこれらは、CDとして発売予定とのこと。

しかし、この日の演奏会のクライマックスは、前半最後に演奏されたJ.S.バッハの『シャコンヌ』だったことは間違いないだろう。この作品は、『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番(BWV1004)』の中の終曲に置かれた大作で、まさに異形の傑作であることは言を待たないが、ヒラリーの演奏は、その音楽性・技巧・集中力、いずれも圧倒的だった。

曲の中間部後半、重音を駆使したコラールのような経過句を経て、ニ短調の主部へ回帰し、孤高のモノローグが奏でられるが、暗転の中、スポットが当てられたステージ上のヒラリーの姿は、神々しささえ感じられるほどであった。まさに「完璧」ともいえる超絶技巧によって弾き奏でられるヴァイオリンの音色はきわめて多彩で、水晶のような輝きとシルクのような肌触りを併せ持ち、聴き手を飽きさせることがない。


Hilaryhahn


外見からただようクールな雰囲気、整った容貌は、まるで人形のようでもある。心の底を射ぬかれるようなまなざし、額が盛り上がった知的な横顔が殊に印象的で、誤解を恐れずに言えば、すぐれた文明を持った、どこか遠くの惑星から来た異星人のようにも思える。

この日は、アンコールを含めて正味2時間ほどだったが、あっという間の出来事のようで、できればこの倍くらい聴いていたいと思った。期待を裏切らない、いやそれ以上の感銘を受けた演奏会であった。終演後のサイン会は、今まで見たことないくらいの長蛇の列となったことは言うまでもない。演奏中あれほどの集中力で、相当疲れているはずだと思うが、一人ひとりに笑顔で、ていねいに接しようとする彼女の姿にも好印象を持った。


さて、ここで彼女の恐るべき才能と魅力に触れることができる、2つの演奏(いずれも映像DVD)を紹介したい。


彼女は若手ながら、すでにキャリアも長く、世界の一流オーケストラとの共演も多い。10歳代のデビューから数多くの映像や音源が発売されているが、特に個人的にお薦めなのは、コルンゴルトの『ヴァイオリン協奏曲』を収めた1枚。指揮者ケント・ナガノのサポートを受けながら、この難曲を完璧に弾きこなす姿に、ただただ圧倒される。併録されているドキュメンタリー映像では、インタビューの中で彼女のこれまでのキャリアや音楽家としての考え方が語られている。


ヒラリー・ハーン 「ポートレート」 (ユニバーサル・ミュージック)


Hilary_hahndvd2


そして、もうひとつは、マリス・ヤンソンス指揮&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演のDVD。当時、彼女はまだ20歳になるかならないかのころの記録だと思うが、これが本当に素晴らしい。

ここではショスタコーヴィチの『ヴァイオリン協奏曲第1番』を演奏しているが、世界最高峰のオケと堂々と渡り合っている。荘厳で緊張感漂う第1楽章を経て、第2楽章のスケルツォで一気にアクセル全開。彼女の演奏に触発されて、フィナーレに向かってベルリンフィルがいつになくヒートアップしていく様子が見て取れる。

アンコールに応えて、バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番(BWV1001)』からプレストを演奏しているが、彼女の演奏にじっと耳を傾けるベルリンフィルの面々が映像にとらえられている。おそらく彼らも、同じドイツ系の優れた若手演奏家の登場に強い感銘を受け、目を細める思いだったことであろう。


ショスタコーヴィチ 「ヴァイオリン協奏曲第1番」ほか(ユーロアーツ)


Hilary_hahndvd


他にも、ベートーヴェンやメンデルスゾーンの協奏曲など、お薦めのCDも数多くあるが、映像とともに聴く彼女の演奏は、ことのほか素晴らしい。


さて最後に…。今回、彼女の生演奏に接して、あらためて彼女が現代最高のヴァイオリニストであると再認識した次第。若くして、これほどまでの境地に達してしまった彼女が、今後どのような演奏家として進化してゆくのか。楽しみでもあり、ある意味、少し恐ろしくもある。

自国の作曲家チャールズ・アイヴズ(1874~1954)のソナタ全曲を取り上げたり、プリペアード・ピアノの名手ハウシュカとのジャンルを超えたコラボレーションなど、意欲的な活動で新たな地平を切り開いていくのは彼女のポリシーのようで、今回の演奏会の現代作曲家の小品集も変化に富み興味深いものだったが、個人的には、ベートーヴェンやブラームスなど、オーソドックスな曲目を、じっくりと聴いてみたいものだと思った。


【参考映像】
J.S..バッハ 「シャコンヌ」

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