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2013/03/24

吉松隆の時代 ~還暦コンサートを聴いて(其の弐)

春分の日の3月20日、「吉松隆還暦コンサート」のために新幹線で東京へ向かう。

当日は午後3時からのコンサートだったので、時間的には十分ゆとりをもって自宅を出ることができた。
《鳥の響展》と題されたこのコンサートは3部構成で、チラシによると終演予定は午後6時。つまり、約3時間たっぷりと吉松作品が聴けるというファンにはたまらない企画だ。

吉松隆氏のホームページによると、当日の会場では、初の自伝『作曲は鳥のごとく』が販売され、購入者には何か特典が用意されているということだった。特典とはサイン会のことだろうと推測し、帰りは大幅にゆとりをもった計画を立てることにした。

品川駅から山手線に乗り換え、新宿駅には予定通り12時半過ぎに到着。会場である東京オペラシティ(東京都新宿区)までは2キロ程度、ウオーキングも兼ねて歩くつもりだった。(隣の新国立劇場には、かつて歩いた経験がある)だが、この日は季節外れの陽気で、もし歩いて会場に着いたとしても、汗だく状態で演奏に集中できず、おまけに疲れて睡魔にでも襲われたら、せっかくのコンサートも台無しになると考えて、駅前で昼食をとった後、京王新線で会場に向かうことにした。

初台駅を降り、いざ会場へ。

Tokyooperacity


東京オペラシティ(東京都新宿区)を訪れるのは確か3回目だと思うが、かれこれ十数年ぶりだ。

Tokyooperacity2


開演1時間前にもかかわらず、3階のコンサートホール前には、すでに多くの人だかりができていた。

Tokyooperacity3


14時30分、開場の合図とともに、どっと人が動いた。

Tokyooperacity4


ホワイエを入ったところに、お祝いの花がいくつか。

Tokyooperacityflowers


そして、右手の電話コーナー前にも。

Tokyooperacityflowers2


まずは著書の販売コーナーに直行。すでに大勢の人だかりができていて、吉松氏の自伝は、まさに「飛ぶように」売れていた。


Tokyooperacity5


事前に予告されていた特典は、書籍に挟まれていた吉松隆氏の直筆サイン入りカードだった。自作のイラストとともにベートーヴェン『第九』の「歓喜に寄す」の一節「Alle Menschen werden Brüder , Wo dein sanfter Flügel weilt.(汝の柔らかい翼が留まるところで すべての人々は兄弟となる)」が記されていた。この日、会場に集うファンへの感謝の想いが込められた粋な贈り物だと思った。


Yoshimatsugift


自伝を購入後、しばらくホワイエをうろうろする。歴史的瞬間の目撃者の一人として、その空気に浸りたかったからだ。作曲家の西村朗氏、早稲田大学教授の小沼純一氏、音楽評論家の片山杜秀氏ら著名人の姿を目にしてミーハー気分も味わったが、『タルカス』の作曲者でもあるキース・エマーソン(!)とすれ違ったときは、さすがに心臓がバクついた。

僕の座席は、ステージ上手の2階席。ここからは演奏者だけでなく観客席の様子が手に取るように分かる。ふと客席を見下ろすと、真ん中あたりに赤いハンカチを胸にした作曲者の吉松隆氏、その右隣にはさきほどのキース・エマーソンの姿が見えた。何というすごい光景だろう。まさに「アンビリーバブル」だ。

すでにチケットは「完売」とのことで、客席は満席。世代も若者からお年寄りまで幅広く、これは一人の現代日本の作曲家のコンサートとしては、前代未聞のことではないだろうか。ステージ上を含めて、マイクが何台もセットされていることからみると、ライブCD化の可能性もあると思われる。また、客席やステージには、テレビカメラが何台も…。これはNHKのクルーらしい。

第1部は、ピアノソロやデュオ、アンサンブルの作品集。吉村七重の二十絃箏&長谷川陽子のチェロによる『夢詠み』に始まり、田部京子と小川典子による『ランダムバード変奏曲』に至るまで、吉松氏のインティメートで変化に富んだ作品の数々が、多彩な顔ぶれの演奏家たちによって、次々と演奏された。

例えば、ハープと弦楽合奏の調べに乗って独奏チェロが奏でる『夢色モビール』の幻想的でパステルカラーのような色彩感! 『タピオラ幻想』から「水のパヴァーヌ」では、舘野泉氏による鬼気迫るようなピアノソロ。最後の『ランダムバード変奏曲』は、さまざまな演奏技法が駆使されることで知られるが、第4変奏「鳥のコラール」の静謐な美しさと第5変奏「グロテスクな鳥の踊り」におけるクラスターを多用したダイナミックな展開。そのコントラストに圧倒される。これらの曲はCDで親しんできたものがほとんどだが、実演から受ける感銘は、それらをはるかに上回るものだった。最後に、すべての演奏者がステージに集合し、客席の吉松氏とともに大きな拍手が贈られた。それにしても今日の聴衆の拍手には、何かすごく「温かさ」を感じる。

第1部が終了した時点で、午後4時20分。この調子でいくと、終演は予定時刻の午後6時をオーバーすることは間違いない。若干の不安が心をよぎる。「まあ、多少の遅れは大丈夫だ。サイン会が開催されないことは分かったし、余裕だろう」 と思い直した。しかし、演奏会終了後、それが甘い考えだったことを思い知ることになろうとは…。

休憩中、2階から1階のCD・楽譜の販売コーナーを眺めると、多くの人が殺到している。第1部であれほど素晴らしい演奏を聴いた後だから無理もないと思った。長年のファンである僕としては、喜ばしい反面、少しだけ寂しい気持ちも…。


Tokyooperacity6


20分の休憩が終わり、席に戻って客席側に目をやると、吉松氏の席の通路を挟んだ左隣に冨田勲氏の姿が見えた。ここ最近、ラジオ番組等を通して交流を深めている両氏。大河ドラマの音楽担当者として、慶応大学の先輩・後輩として、そして何より、難解な現代音楽全盛の時代、聴衆に寄り添い美しいメロディーを作り続けた作曲家同士、共鳴する部分も多いのであろう。吉松氏はかねてより、最も影響を受けた日本人作曲家として武満徹とともに、冨田氏の名前を挙げている。

やがて吉松氏が席に戻るとキース・エマーソンに冨田氏を紹介、両者ががっちりと握手している光景を目撃することができた。「世界のトミタ」の存在は、キースもよく知るところであろう。

第2部が始まる。1曲目の『鳥は静かに…』は、弦楽合奏のための単一楽章の作品。「吉松トーン」とでも呼ぶべき叙情的な魅力が横溢する名曲。2階から俯瞰していると、ヴァイオリンの弓が、さざ波のように動く。途切れ途切れのゆったりとした旋律は、まるで鶴の羽ばたきのようにも感じられる。旋律が上昇線をたどり頂点に達する部分は、夕日の光の中に消えてゆく姿を観るようだ…。

続いて演奏されたのは、吉松氏の代表作の一つである『サイバーバード協奏曲』。サクソフォンのソロとともに、ステージ上手前方には、ピアノとドラムパーカッションが配置されている。彼の作品の中でも、とりわけオリジナリティが際立つ作品で、初演以降、世界各地で演奏され続けている。サクソフォンの特性がこれほど生かされた協奏曲は、かつて存在しなかったといってよいだろう。第1楽章のテュッティでは、まるで大量のアゲハチョウが一斉に羽ばたく瞬間を見ているかのごとく鮮やかだ。この色彩感、恍惚感はスクリャービンを凌駕している! そして「悲の鳥(Bird in Grief)」と題された第2楽章の、瞑想的で悲痛な調べ。作曲当時、最愛の妹を亡くした吉松氏の心情が反映されている。そして第3楽章は、まさに疾走する鳥。身体を紅潮させ、叫び声を上げながら、天空に向かってひたすら上昇してゆく。


吉松隆「サイバーバード協奏曲」ほか(シャンドス)

Yoshimatsucd4


第2部最後には、作曲家25歳の幻のデビュー作『ドーリアン』が演奏されたが、ステージの準備が整うまでの「場つなぎ」として行われた指揮者の藤岡幸夫氏とソリストの須川展也氏とのトークでは、藤岡氏が、

「吉松作品に出会って、人生の半分をかけてもいいと思った。全部はもったいないけど」
「ここであまり吉松さんを褒(ほ)めても、つまらないし…」
「この『ドーリアン』は、ストラヴィンスキーの『春の祭典』が風邪を引いたような曲で…」(←会場爆笑)

などと、吉松作品へのさまざまな想いを語った。

始めて聴く『ドーリアン』という曲は、(作曲者は否定しているようだが)ストラヴィンスキーに強い影響を受けたことが明らかで、冒頭から大編成のオーケストラのパワーが炸裂。3拍子を基本として、拍子や場面がめまぐるしく変化する「尖った」作品だ。クライマックスで弦楽器がドーリアの響きを奏でる箇所は、後年の作品を予感させる。まさに「ロック・シンフォニー」とでも呼びたい作品。(前述のトークでも言及されていたが、この演奏はCD化される可能性が大だ)

なお、熱演の東京フィルハーモニー交響楽団のメンバーには、コンサートマスターの荒井英治氏をはじめ、「飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ」でもおなじみの顔ぶれが数多く出演していて、僕的には、すごく親近感を持った。

第2部の終了時点で、腕時計の針は午後5時40分を指している。この調子だと終演時間は大幅に遅れて、いよいよ午後7時になる可能性も出てきた。休憩時間のホワイエでは、おそらく同じ心配をしているのだろう。「よわったなあ…」と何度もつぶやきながら、必死に携帯電話を操作している人を見かけた。

僕自身も、時間に余裕をもってスケジュールを組んでいたつもりだったが、予約した19時40分品川発の新幹線には間に合わないかもしれない。しかし、この一期一会の素晴らしい演奏会の前では何のこともない。遅れたら遅れた時と、腹をくくるだけのことだ。


其の参に続く)


※一部、敬称は省略させていただきました。ご了承ください。

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