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2013/03/30

吉松隆の時代 ~還暦コンサートを聴いて(其の参)

第3部は、おなじみ大河ドラマ『平清盛』の音楽からテーマ曲など7曲が演奏された。これを目当てに来場した人も多かったに違いない。観客席を眺めていると、曲に合わせて頭や体を動かしている人があちらこちらに見受けられた。

昨年の大河ドラマは視聴率の面では芳しくなかったようだが、ドラマの質は過去最高の部類に入ると思ったし、吉松氏の音楽が果たした役割は大きい。それは、先ごろ「第67回日本放送映画藝術大賞」の放送部門「最優秀音楽賞」に選ばれたことでもわかるだろう。東フィルの演奏は、「テーマ曲」の爆走感こそNHK交響楽団に今一歩譲るが、ドラマの雰囲気を彷彿とさせる名演。さずが劇中の付帯音楽の演奏を担っただけのことはある。

その中でも「情歌」は、番組中の何度も登場した「固定楽想(idée fixe)」ともいえる印象的な曲で、先日、NHK-FMで放送された冨田勲&吉松隆の鼎(てい)談番組の中でも冨田氏から、「ストリングスがつくりだす絶妙な”間”が、日本を強く感じさせる」と絶賛されていた。弦楽器が奏でる哀愁を帯びた旋律は、聴く者の心を大きくゆさぶる。

そして、いよいよ最後のプログラム、コンサートのクライマックスとなる『タルカス』である。エマーソン・レイク&パーマーが1971年に発表したプログレッシヴロックの名曲。2010年、この曲を吉松がオーケストラ用に忠実に編曲し、大きな話題となった。大河ドラマ『平清盛』の中でも非常に効果的に使用されていた。

「よしゃ!」という気合を発して指揮者がステージに現れる。プログラムでは第2部と第3部を演奏すると書いてあったが、ひょっとしてこれ、ほぼ全曲に近い演奏じゃないの? とにかく恐るべき名演。先に発売された初演時のライブCDや『題名のない音楽会』での演奏を上回る迫力とスピード感。終曲「アクアタルカス」で頂点に達し、圧倒的な高揚感の中で曲が終わる。

終わるやいなや、客席から巻き起こる悲鳴のようなブラボーの嵐。顔を紅潮させたキース・エマーソンが、吉松氏に手を引かれて客席からステージ上に登壇すると、さらに割れんばかりの拍手が…。キースは客席に向かってガッツポーズし、指揮者と抱擁。まさに感無量の面持ち。観客席は総立ちで、キース・エマーソンと吉松隆への嵐のような拍手は鳴り止まない。するとおもむろにキースがステージ下手のピアノに向かって歩きはじめる。どよめく客席。『タルカス』のモチーフを左手に『Happy Birthday』を演奏し始めると大きな歓声が!

サプライズは続き、指揮者の合図でオーケストラも『Happy Birthday』を演奏し始める。すると、ステージ上に大きなバースデー・ケーキが運ばれてきた。ケーキには白地にチョコレートで「祝還暦 吉松隆様」(←だったと思う)と書かれたの文字が見える。女性アシスタントから「赤いちゃんちゃんこ」と「ずきん」を手渡され、着るように促されると素直に従う笑顔の吉松氏。客席からは笑いと万来の拍手が…。演奏者やゲスト、何よりホールを埋めた超満員の聴衆から温かい祝福を受ける吉松氏。まさに作曲家人生「最高の瞬間」ではなかったかと思う。


Yoshimatsuconcertleaf


カーテンコールを経て、コンサートはようやく終了。時計を見ると18時50分!これは予約していた19時40分の新幹線にギリギリ間に合うかどうかといった微妙な時間。明らかに無理な時間なら諦めもつくが、こういう中途半端な時間がいちばん困る…と嘆きつつ、とりあえず間に合う努力をしてみようと決心する。

興奮冷めやらない会場に後ろ髪を引かれながら、そそくさとホールを後にしてアプローチを全速力で駆け抜け、京王新線のホームへ到着。しかし努力の甲斐むなしく電車は出たばかり。焦る気持ちを抑えながら、やっとのことで乗車し、新宿駅で山手線に乗り換える。車内のDPで品川駅到着時刻を確認すると何と19時36分。またもや全速力で新幹線ホームを駆けるはめになる。そして、何とか当初の予定どおりの新幹線に間に合い、動き出した新幹線の座席で、ほっと一息。購入した著書『作曲は鳥のごとく』や演奏会パンフレットをパラパラとめくりながら、ようやくコンサートの余韻に浸ることができた。


「作曲は鳥のごとく」(春秋社)

Yoshimatsubook


休憩時間を含めて4時間にも及ぶコンサートは、こうして過ぎていった。まさに一期一会の出来事で、ファンの一人として、歴史的瞬間に立ち会うことができ、終生忘れられない一日となった。

それにしても、現代日本の作曲家のコンサートが、これほどまでに大きな盛り上がりを見せたのはなぜか。いくつかの要因が考えられるが、とにかく今回のコンサートは、絶妙のタイミングでの開催だったことがわかる。プログレの名曲『タルカス』をオーケストラ曲として編曲・発表した話題性。昨年(2012年)には大河ドラマの音楽を手がけ、その素晴らしさが大きな反響を呼んだ(前述の『タルカス』も番組内で使われた)。各種メディアへの露出も増え、吉松氏に対する世間の認知度が一気に高まった。ラジオ番組の司会、『題名のない音楽会』や『らららクラシック』へゲスト出演し、その分かりやすい解説と親しみやすいキャラクターが注目されるなど、これらの相乗効果が、吉松ファンを一気に増加させたことは間違いないだろう。

しかし何より、吉松隆の音楽が持つ本来の魅力。一般大衆の耳に優しく、しかも心に強く訴えかける力を持つ彼の音楽に、クラシック音楽ファンのみならず多くの人たちが気づいたことが最大の要因であろう。モーツァルトやベートーヴェン、ブラームスなど過去の大作曲家の音楽も、もちろん素晴らしいが、同時代に生きる作曲家を応援できる喜びは、また格別なものだ。

吉松隆ファンで本当によかった!


【追記】

この演奏会の模様は、来る5月1日、BSプレミアムの『クラシック倶楽部』で放送予定との告知が出口付近に掲示されていた。感動の記憶を再びよみがえらせることができるのは喜ばしいが、実質約3時間半にも及ぶ内容を、たった1時間の番組では寂しい。できれば後日改めて、日曜深夜の『プレミアムシアター』などでの放送を強く希望したい。それだけ価値のある、素晴らしいコンサートだったことは間違いないのだから。


※一部、敬称は省略させていただきました、ご了承ください。

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