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2012/10/06

ドビュッシーを取り巻く芸術家たち

先日、ブリヂストン美術館(東京都中央区)で開催されている企画展「ドビュッシー、音楽と美術」展を鑑賞した。

この展覧会は、当美術館開館60周年とクロード・ドビュッシー生誕150年を記念して開催されるもので、パリのオルセー美術館・オランジュリー美術館との共同企画。東京に先立ってパリで開催され、大変な好評を博したという。


Bridgestonemuseum


この美術館を訪れるのは今回が初めてだが、東京駅八重洲口から歩いて10分程度の位置にある。玄関を入ると受付があり、チケットを購入しエレベーターに乗って2階へ。展覧会場は基本的にワンフロアで、10の展示室のうち8つを今回の企画展で、残る2室を当館所蔵のコレクションを見ることができる流れになっていた。僕は平日午後に出かけたのだが、場内はかなりの賑わい。その来館者のほとんどが中年以上の女性だったところに、この国の「ありよう」がうかがえる。

一人の音楽家の生涯と作品をテーマに、そのゆかりの品々を集めた展覧会を鑑賞するのは、おそらく僕にとって、初めてではないかと思う。絵画や彫刻をはじめ、さまざまな作品約150点が一堂に展示され、たまらなく興味をそそられる内容になっている。19世紀末のサロンを通して多くの画家たちと交流し、「私は音楽と同じくらい絵が好き」と公言してはばからなかったドビュッシーだからこそ成立した企画といえるのかもしれない。

ドビュッシーの音楽には、かなり親しんでいるつもりでも、やはりベートーヴェン・ブラームスをはじめとするドイツのクラシック音楽に比べると、聴く頻度が少ないと認めざるを得ない。管弦楽や室内楽、ピアノ曲や声楽曲まで数多くの作品を耳にし、CDなどを所有しているとはいっても、日ごろは『牧神の午後への前奏曲』や交響詩『海』などに偏りがち。音楽史に果たした彼の偉大な功績を、歴史的事実として知っていたとしても、その内容を理解しているとは、とても言えない。今回の企画展では、そうした彼の芸術の神髄について、より深く触れることができたらと思った次第。

会場には、数多くの絵画が展示されていたが、思いがけずうれしかったのは、僕が大好きなラファエロ前派の画家ダンテ・ガブリエル・ロセッティの作品が、(習作ではあるが)展示されていたこと。ロセッティの絵画が、ドビュッシーの音楽の着想源でもあったことを知り、親近感がわいた。


The_blessed_damozel_2


「印象派と象徴派のあいだで」というサブタイトルを持つこの企画展では、もちろんルノワールやドガをはじめ、ドビュッシーを取り巻く画家たちの作品も大きな目玉である。とりわけモーリス・ドニの作品が数多く展示されていたが、この『木の葉に埋もれたはしご』という油彩は150号という巨大なもので、その構図や独特の色彩に感銘を受けた。


Maurice_donispic


今回、特に認識を新たにしたのは、ドビュッシーが、サロンなどに出入りする中で、いかに多くの芸術家や知識人と交流を持ち、優れた美術や文学作品に接していたかということである。印象派の画家、浮世絵をはじめとする日本文化、メーテルリンクなど象徴派の詩人などとの出会いが与えた多大な影響。ドビュッシーの音楽とは、こうした出会いがインスピレーションの源となり、プリズムの光のように交錯する中で生まれた「結晶」のようなものなのだろう。


Lamer


ドビュッシーは、彼の音楽を「印象派」と呼ばれるのを嫌ったといわれる。若き日に交響組曲『春』をフランス・アカデミーから「漠然とした印象主義」と酷評されているし、「印象」という言葉から連想される感覚的・情緒的な概念に抵抗があったのかもしれない。若いころから西洋音楽の理論から逸脱し「反逆児」と呼ばれた彼のこと、特定のカテゴリーで括(くく)られることに反発したに違いない。その反骨精神こそが、彼自身の創作活動の源泉でありアイデンティティであったからだ。


Debussy


そうした姿勢は、傑作として名高い歌劇『ペレアスとメリザンド』を残しているのにもかかわらず、「ペレアスだけをもって、未来の世代の人々に厳しく判断されたくない」と語り、死の直前まで新たな歌劇の作曲に取り組んだということからも伺える。常に新しい音楽の世界を追求した、彼ならではの言葉だといえよう。

1917年、54歳という働き盛りで亡くなってしまった彼が、その先に目指した世界はどのようなものだったのか。未完のまま残された歌劇『アッシャー家の崩壊』の断片を聴くと、全音音階を駆使して、人の心の奥底に潜む得体の知れない感情や恐怖を表現し、新しい舞台芸術の世界を切り開こうとしていた姿が垣間見える。また一方で、晩年の『ヴァイオリンソナタ』などでは、より簡素で新古典主義的な表現に向かっていた。

彼の死後、現代音楽の扉が開かれるが、ドビュッシーがメシアンやブーレーズをはじめとするフランスの作曲家に与えた影響はきわめて大きい。それは日本でも同様で、武満徹はドビュッシーに対する賛辞を惜しまなかったし、晩年に作曲した2台のピアノとオーケストラのための『夢の引用(Say sea, Take me!)』では、交響詩『海』の一節が「夢」の象徴として幾度も引用される。

さて、今回の展覧会を通して、僕自身、ドビュッシーへの理解を深めることができたかどうか。(僕の能力不足は別として)相も変わらず何か「つかみきれない」感覚がぬぐえない。つまりはドビュッシーという存在が、いかに特定のカテゴリーに収まらない作曲家であったかということの証拠なのかもしれない。


Debussyleaf


余談ながら、もう一つ。

当企画展の図録には、多くの美術関係者の寄稿が掲載されているが、彼らの博識には驚くばかりだ。ドビュッシーに関する見識の深さ! 美術家というものは、音楽の分野においても、かくも広く深い教養を持っているものなのか…。わが身に照らして、向学の糧としたい。


帰りすがら、最近リニューアルされた東京駅丸の内駅舎を見に行った。ちょうど何かのイベントが行われた直後のようで、記念写真を撮る人でにぎわっていた。それにしても創建時の姿に復元された駅舎の壮観なこと。東京に出かける楽しみが、またひとつ増えた。

Tokyostation


【参考映像】

展覧会場で、何枚も写真が展示されていたニジンスキー振付による『牧神の午後への前奏曲』。
初演時、スキャンダルとなったラストシーンも必見です!

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