« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012/06/16

ブルックナーの遺言(後編)

まもなく私は神様の前に立つことになるが、一生懸命やらなければ神様の前に行けないだろう。

年老いたブルックナーは、マーラーにこう語ったという。

ブルックナーの『交響曲第9番ニ短調』は、「神に捧げるため」に作曲された。信仰心の篤(あつ)かった彼にとって、作曲した作品全てが愛すべき神のためのものだったともいえるが、この交響曲の完成にかける想いはひとしおだったようだ。だが結局、それを遂げることなくブルックナーは生涯を終える。

Brukner3_3

前回でも述べたとおり、この『第9番』の第4楽章は、一般には少しのスケッチしか残されていないと伝えられてきた。しかし、関係者による研究が進むにつれ、実際は多くの総譜や略譜等がつくられ、すでに全体の構成は出来上がっていたことが明らかになる。
※かつては、フィナーレにとりかかった時期は死の前年(1895年)とされ、「わずかなスケッチしか残されていない」という説の根拠となった。

ブルックナーが亡くなった時、彼の部屋には通し番号が記された「ボーゲン」と呼ばれる2つ折り4面の五線譜が約40枚残されていたが、その半分近くが散逸し、いくつかは現在も失われたままである。ブルックナーの遺産管理人であったフランツ・シャルクやフェルディナンド・レーヴェ(この交響曲の初版を作成、初演した人物)らの故意あるいは不注意によって多くの自筆譜が売却されたり、友人たちが記念品として持ち帰ったという。その結果、フィナーレの貴重な楽譜も、世界中に散らばってしまった。レーヴェは、フィナーレに関して口を閉ざしているが、こうした不手際が世間に広まり、非難を受けることを避けたかったためと思われる。

1887年8月、『交響曲第8番ハ短調』作曲中に『第9番』のスケッチが開始されるが、『第8番』の初演をめぐるトラブルが発生し作曲が中断。その影響で、初期の交響曲やミサ曲など大幅な改訂作業に追われることになる。1891年、ようやく作曲が再開されたが、同年11月のウィーン大学における最終講義では、「もしこの交響曲が未完に終わった場合は、フィナーレのかわりに自作の『テ・デウム』を演奏してほしい」と語った。前年、激しい呼吸困難の発作を起こし、健康上の不安を抱えていたため、こうした発言が出たのであろう。

当時のブルックナーは、ウィーン大学を辞め、ウィーン音楽院からの年金に加え、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の計らいで名誉年金が支給されることになり、十分に作曲に集中できる環境が整っていたはずで、全ドイツ音楽連盟の音楽祭の委嘱を受けて『詩篇第150番』を作曲したり、ウィーン男声合唱協会のために『ヘルゴラント』を作曲したりという日々が続く。そして1894年末の段階で、第1楽章から第3楽章が「ひとまず」完成され、フィナーレについても「大部分」を書き終えていたといわれている。

その後もフィナーレの作曲は断続的に続けられたが、健康状態は悪化の一途を辿り、ついには自力で階段を上り下りできなくなってしまう。それを知った皇帝の計らいで、1895年7月、ベルヴェデーレ宮殿内の管理人用住居を間借りし移り住む。弟のイグナーツや妹のカティらは、身体の不自由な兄を献身的に支えた。


Brucknerdeath_4


1996年10月11日。この日は朝から、爽やかな秋晴れだった。ブルックナーは体調も良かったため、朝食を取り、ピアノに向かってフィナーレの楽譜に手を入れていたところ午後3時ころ容態が急変、そのまま静かに息を引き取った。そしてこの交響曲は、未完のまま残されることになった。

誠に残念なことといわざるを得ないが、しかし、少々腑(ふ)に落ちない点もある…。

『交響曲第7番ホ長調』は完成まで約2年、続く『第8番』は(初稿の完成まで)約3年である。一方、『第9番』は、作曲に着手してから彼の死まで約10年。次々と問題が彼の身に降りかかり、作曲の筆が遅々として進まなかったとはいえ、残りの人生をかけて完成に力を注いできたという割には、いささか作曲の筆が遅すぎはしないか…。こんなに時間をかけても最後まで書き終えられることができなかったのはなぜか。ブルックナーの演奏に定評のある大指揮者ギュンター・ヴァントは、「ブルックナーは、フィナーレを完成させる自信がなかったのだ」と語っているが、今となっては真相は闇の中だ。


Brucknerleaf_2


さて、今回の本題である未完の第4楽章に話を移そう。

このフィナーレについては、残された草稿を基に、今までいくつかの補筆完成版が登場している。代表的なものは「キャラガン版」と「SPCM版」の2つ。前者は、ブルックナー研究家のウィリアム・キャラガンによる補筆完成版で、これまで東京ニューシティ管弦楽団をはじめ、いくつかの演奏がCD化されていて、先ごろもゲルト・シャラー指揮&フィルハーモニー・フェスティヴァによる2010年改訂版のCDが発売されたばかりである。

それらの演奏を聴いた限りでは、楽想の性急な展開や深みのないオーケストレーションなど、ブルックナーらしからぬ箇所が多いと感じた。純粋に補筆者の創作となる終結部は、『第8番』のフィナーレに倣ってアダージョ楽章の主題を引用するアイデアは良いとしても、あまりにも楽天的な楽想(たとえばトランペット)には、強い違和感を覚えざるを得ない。僕は、キャラガンのアメリカ人気質が裏目に出てしまった結果だと考えている。

その点、今回、サイモン・ラトルが取り上げたSPCM版は、4人の音楽家、研究者によって、ブルックナーが残した資料を最大限に尊重した改訂が進められたプロジェクトで、ラトルによると、このフィナーレの奇妙な箇所は全てブルックナー自身の手によるものだという。多用される不協和音は、作曲当時、彼を取り巻いていた様々な出来事が反映されていて、いかにもブルックナーの心の葛藤を表しているように聞こえる。

この版は、オーケストレーションをはじめ、補筆の割合が増える展開部以降の音楽の流れも違和感が少ない。全くの創作となる終結部については、どの補筆版においても、いかに完結させるかが大きな問題となる。「愛すべき神に捧げる」この交響曲をニ長調(神を表すDeus)で終えることは、おそらく作曲者も望んでいたことだろうが、この版では、なかなか説得力のある手法が採られている。


第2楽章の…ハレルヤをフィナーレにも力強く持ってくる。そうすれば、この交響曲は愛する神さまをほめたたえる賛歌で終わることになる。

ブルックナー最晩年の医師リヒャルト・ヘラーが語ったところによると、ブルックナーはフィナーレの終結部をピアノで演奏して、そう語ったとされる。では、この「第2楽章のハレルヤ」とはいったい何を指すのか? ヘラーの回想だけでは特定できないが、SPCM版の校訂者の一人であるジョン・アラン・フィリップスは、それを『第8番』の第2楽章トリオ部の25小節目で登場するパッセージであると解釈した。それは、この『第9番』の第3楽章アダージョの主要主題の5小節目にも(ニ長調で!)登場する。この旋律に含まれる「Fis→A→D→E→Fis(ニ長調のミ・ソ・ド・レ・ミ)」という音型は『ミサ曲第1番』や『テ・デウム』に現れるし、『第9番』と同時期に作曲された『詩篇第150番』でも「ハレルヤ」の歌詞に乗って歌われる。いわばブルックナーが神をたたえる場面で象徴的に登場する旋律であり、この壮大な交響曲の締めくくりにふさわしいものとして用いられることになった。


Brucknernote_4


SPCM版2012年改訂稿の終結部では、前3楽章の主題が積み重なるように再現(かなり衝撃的!)され、ドミナント和音(11の和音)により究極の緊張がもたらされた後、弦楽器群で奏される『テ・デウム』の4音動機に乗って、金管楽器の「ハレルヤ」が高らかに鳴り響く。最後は『ヘルゴラント』の終結部を応用し、神をたたえながら曲が閉じられる。(ただし、ようやくニ長調に転調して輝かしい響きに包まれたと思った途端、あっけなく曲が終わってしまう点は少々物足りないが…) 

もちろん、ブルックナー自身の手によって完成されていたならば、より緻密で説得力のある作品になったに違いないという思いは残るが、1984年の初刊以来26年、幾度もの改訂を経て「最終完成版」として発表された今回のSPCM版のフィナーレは、演奏の素晴らしさと相まって、前の3つの楽章と遜色のない作品に仕上がっていると感じた。

また、フィナーレが加わり4楽章形式の交響曲になることで、曲全体に及ぼす演奏解釈の変化も予想以上に大きかった。これまでの演奏は、第3楽章アダージョで曲が終わるため、意識的に終楽章の要素を加味した解釈で演奏されていた。だが今回のラトル盤は、4楽章制になったため、第3楽章の終結部は比較的あっさりと閉じられる。

この未完の交響曲を、「第3楽章で十分に完成している」という人たちは、無意識のうちに、今までの演奏解釈に馴らされてきたことを認識する必要がある。もし仮に、かの『交響曲第8番』が第3楽章までの未完成作品だったとしたら、あの深遠で長大なアダージョを終楽章として、「それらしく」演奏することだって可能なのだ。

今回のラトル指揮&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏を聴いて、確かに違和感を感じる人もいるだろう。それは至極当然のことだと思う。今までの演奏と解釈が異なるのだから…。僕は何度も何度も聴き続けるうちに、これこそが本来作曲者が望んできた姿であり、あるべき形なのだと思えるようになってきた。ひょっとして将来、散逸している「ボーゲン」が新たに発見され、さらに完成度が増すことになるかもしれないが、現時点でも十分聴き応えのある作品に仕上がっていることには違いない。


ブルックナー『交響曲第9番(第4楽章付)補筆完成版』
サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(EMI)

Bruckner_sym_no9


指揮者のラトルも言及しているが、モーツァルトの『レクイエム』については、弟子のジュスマイヤーの補筆部分に大なり小なり違和感を感じながらも、世間に広く認知されているではないか。このブルックナーの交響曲以上に他人の手が加わっているにもかかわらず…。他にもバルトークの『ヴィオラ協奏曲』やベルクの歌劇『ルル』など、他人の手で補筆完成された曲も、今では普通に聴かれるようになってきた。

このフィナーレは、ブルックナーが最晩年の数年間、試行錯誤を繰り返しながら、それこそ命を賭(と)して完成させようとした「遺言」である。そして、残された楽譜を詳細に研究し、何人もの優れた音楽家たちが力の限りを尽くし、作曲者の最後の声を届けようと、何度も改訂を試みてきたものだ。ブルックナーファン、いや音楽を愛する者であれば、決してその努力を無視したり、ましてや軽々しく批判することなど、できようはずはない。

今回、その決定版ともいうべきものが、世界最高のオーケストラであるベルリン・フィルにより演奏されたという歴史的快挙をファン一同、喜び合いたい。


【参考文献】
『ブルックナー』 土田英三郎著(新潮文庫)
『全4楽章としての第9交響曲』 ジョン・アラン・フィリップス(土田英三郎訳)


« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Twitter

無料ブログはココログ

Amazon ウィジェット

  • ウィジェット