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2012年4月

2012/04/06

ブルックナーの遺言(前編)

ブルックナーの全交響曲の中で1曲だけ選ぶとしたら、何といっても『第9番』である。


彼の最後の交響曲であるこの『交響曲第9番ニ短調』は、僕にとって思い出深い曲で、中学生の時、初めて聴いたブルックナーがこの曲だったということもあるが、とにかく「ものすごいもの」を聴いたという記憶が残っている。

第1楽章、開始早々、全管弦楽がユニゾンで一斉に奏する第1主題は、まるで雷が落ちたかのような凄まじい迫力があるし、スケルツォの不思議な浮遊感と執拗(しつよう)なまでのD音の連打、9度の跳躍に始まるアダージョ楽章の主要主題の荘厳な美しさ等々、全曲にわたって聴きどころ満載である。

もちろん僕は、これまでブルックナーのさまざまな作品を聴いて、それぞれに深い感銘を受けているのだが、やはり『第9番』の魅力には敵(かな)わないと思う。所有しているレコードやCDの数が一番多いのもこの曲で、最近、気に入っているのは、サヴァリッシュがウィーン・フィルを指揮したライブ録音。その若々しい推進力、オーケストラの柔軟で、きめの細やかな響きが素晴らしい。


ブルックナー 交響曲第9番 (Altus)

Brucknercd2


もちろん、かねてより定評のあるヴァントやジュリーニの演奏も深みがあって感動的だし、他にもヨッフムやバーンスタインなど名演が多数存在する。実演の記憶では、学生時代に聴いた朝比奈隆&大阪フィルの演奏が印象深い。とにかく僕は、この曲の演奏を聴いて失望した記憶がない。それだけこの作品は、演奏に対する「許容力」があるということかもしれない。

個人的にも思い入れが強い作品なのだが、その素晴らしさを満足に表現できる文才もないので、このあたりで止めることにして、今回は、ブルックナーの死によって絶筆となった第4楽章フィナーレについて取り上げてみたい。


長らくこの第4楽章は、スケッチのみが現存すると伝えられてきた。事実、以前このサイトでも取り上げたことのある『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂刊)には、昨年発売の改訂版にも、そう記載されている。要するに「取るに足りないもの」というわけだ。ブルックナーを愛好する人でさえ、かつては、その程度の認識だったと思う。事実は、大きく違っていたのだが…。

また、残された3つの楽章の出来が素晴らしいことも、続く第4楽章に対して興味が向かない要因だったとも考えられる。緊張度が高く悪魔的な第1、第2楽章。ようやく第3楽章の終盤になって、その緊張から開放され、彼岸のような穏やかな調べとなる。

事実、第3楽章の最後の部分では、これまでの自作の旋律が次々と回想され、いかにも全曲の締めくくりのようにも聴こえる。そこには3楽章で終わることによる不足感や疎外感はなく、シューベルトの『未完成交響曲』と同様、「残された楽章だけで完結している」と思えても不思議ではない。現在でも、そう考える人は少なくないのではないか。だがそれは、決してブルックナーの意思ではない。彼は、あくまでも4つの楽章から成る交響曲を意図していたのである。死が訪れるその日まで…。


Bruckner2_2


1980年代になって、アメリカの音楽学者ウィリアム・キャラガン校訂に基づくヨアフ・タルミ指揮&オスロ・フィルによるCD(シャンドス)が発売され、そうした認識に風穴が空いた。このフィナーレが取るに足らないスケッチなどではなく、実は復元が可能なくらい相当数の総譜や草稿が残されていることが、一般にも知られることになったからだ。

その後も、『第3番』や『第8番』などのオリジナル第1稿の録音で評判が高かったエリアフ・インバルによる録音が現れたりしたが、何といっても決定的な評価を得ることになったのは、1993年に発売されたクルト・アイヒホルン指揮、リンツ・ブルックナー管弦楽団による2枚組みのCDであろう。※現在は、「交響曲選集」に含まれる。


ブルックナー 交響曲選集(カメラータ・トウキョウ)

Brucknercd3


この演奏は、音楽学者・指揮者・作曲家のニコーラ・サマーレ、ジョン・A・フィリップス、ジュゼッペ・マッツーカの3人にベンジャミン=グンナル・コールスが協力し、現存する手稿に基づいて行われた自筆スコア復元の試みで、1992年12月に発表された。彼らの頭文字を取り、通称「SPCM版」と呼ばれる演奏会ヴァージョンである。

この版に基づき、いち早く録音されたアイヒホルン盤の演奏が、フィナーレ付き『第9番』の普及に果たした功績は大きい。それ以前の復元版は、CDで聴く限り、あの偉大な3つの楽章に続く役割を担うには全くの役不足で、それに相応しい規模と内容を備えているとはいえないものだった。また、復元版が複数出回り、その違いの大きさやブルックナーらしくない展開に、失望と諦めが広まっていたのも事実であろう。

しかし、ブルックナーの演奏に定評のあるアイヒホルンによる渾身の演奏は、前半の3つの楽章ともども大変素晴らしいもので、決定版とは断言できないかもしれないが、高い評価を得ることになったことは間違いない。また、80ページにわたる付属の解説書も、たいへん読み応えのあるものだった。

その後も改訂が加わり、CD録音がいくつも発売されたが、取り立てて大きな違いは感じられなかった。ただ、アーノンクールが、2002年にウィーン・フィルと録音したCDは、第4楽章の断片資料に関する詳しい説明と演奏がワークショップ形式で収められていて、興味をそそられた。

僕自身、2010年1月9日に、愛知県芸術劇場コンサートホールで開催されたオストメール・フィルハーモニカーの演奏会で、このSPCM版に接するなど、ブルックナーの「4楽章完成版」は、すっかり日常?の作品になっていた。だが今回、サイモン・ラトルが今年2月のベルリン・フィルの定期で、この4楽章版を指揮すると知って、久しぶりに心を揺り動かされた。それは、来日時のインタビューの中で述べた「これまでの復元版とは大きく異なる」「これこそが決定版」という発言を聞いたからだ。

その後、今回、ラトルが取り上げるのは、新たに校訂されたSPCM版と知り、上記の発言は、あまりに大げさではないかとも思ったが、近年、研究が進み、新たに発見された草稿も取り入れながら、どのような姿に変わったのか興味があった。CDも発売されるとアナウンスされていたが、待ちきれず、ベルリン・フィルの定期演奏会のライブ中継を見るために、今まで躊躇していたデジタル・コンサートホールに入会することにした。

2月9日、日本時間の早朝4時ころから始まる演奏を見るために、眠い目をこすりながらパソコンのモニターに向かう。地球の反対側で行われている演奏会のライブが、インターネットを通してリアルタイムで鑑賞できるという事実に、改めて感動をおぼえた。

演奏会は、大成功のうちに終了。聴衆の大歓声に、満足そうに応える指揮者や団員の姿が印象的だった。2012年校訂版は、ラトルがアナウンスしたような「これまでとは大きく異なる」というほどの違いもなく、いささか拍子抜けしたが、それは、今までの校訂作業が、確かなものであったという証拠であろう。

ただ一点驚いたのは、コーダの最後の箇所だ。アイヒホルン盤など、これまでの演奏では、4つの楽章の主要主題が積み重なって壮大なクライマックスが築かれた後、いったん全部の楽器が静まり返り(ブルックナー休止)、弦楽器が静かにトレモロのパッセージを奏でる中、金管楽器による「ハレルヤ」の主題が登場し、それが繰り返されながらクレッシェンドしていく流れだった。しかし、今回の演奏では、クライマックスの後、間髪を入れずに全楽器がフォルティッシモでニ長調の主和音を鳴らし、一気に終結に向かうという点だ。弦楽器の刻みも、『テ・デウム』の動機に変えられている。

今までの演奏に馴染んできた者としては、かなり戸惑ったが、そのアーカイブ放送を聴き込むにつれて、新しい版の方が曲の説得力が増し、より効果的だと思えるようになったし、アイヒホルン盤など既存の版で唯一不満な点だった「終結部の印象の弱さ」が大きく改善される結果となった。


今回、ラトルとベルリン・フィルが取り上げたことで、この「4楽章完成版」に対する認知度は、いっそう増すことだろう。
思い起こしてもらいたい。1980年、サイモン・ラトルのデビューアルバム(LPレコード)が、ボーンマス交響楽団と録音したマーラーの『交響曲第10番嬰ヘ長調(デリック・クックによる全曲版)』だったことを…。


マーラー 交響曲第10番[クック全曲版](EMI)

Mahlercd3


それ以前は、数えるほどしか録音がなく珍しい存在だったこのクック全曲版が、この録音を前後して一気に広まっていった。そして2002年、クラウディオ・アバドの後任としてベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督に就任したラトルが、真っ先に取り上げたマーラー作品が、この「クック全曲版」だった。これがマーラーの『交響曲第10番』を、全5楽章の作品として当たり前のように聴かれることとなる決定的出来事となった。もちろん今でも、かたくなに「第1楽章のアダージョしか認めない」という指揮者や評論家がいることを知っているが、このクック全曲版を「キワモノ」とみなす人は、さすがにいないであろう。

そして今回、ラトルはベルリン・フィルとともに、このブルックナーの未完の交響曲の補筆完成版を取り上げた。状況は、まさに10年前のマーラーの「それ」を思い起こさせる。

ラトルは、かねてよりこの4楽章版に興味を示しながらも、その完成度に疑問を持っていたと伝えられるが、幾度かの校訂を経て、ようやく納得のいくものになったと思われる。昨年、ベルリン・フィルのシンガポールや日本における公演では、今までどおり3楽章形式で演奏していたが、来日時の記者会見で、次のシーズン・プログラムとともに、この計画を発表したときの彼は、きわめて饒舌であったという。そして、満を持して披露される運びとなった今回の演奏…。

定期演奏会に合わせて録音されたCDも、5月に発売が控えている。これを契機に、この「4楽章完成版」が多くの人の耳に届き、やがては「全曲版」と呼ばれるようになり、広く普及していくことを、心から願っている。


次回は、この第4楽章の中身について、さらに深く掘り下げてみたい。

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