« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

2012/03/04

大河ドラマの音楽に関する私論

今年のNHK大河ドラマ『平清盛』が、いよいよ面白くなってきた。

プログレッシブカメラによる映像の色合いや視聴率の低迷など、最近、何かと話題にのぼることが多いようだが、平安時代末期の王侯貴族の腐敗ぶりや武士や庶民が置かれた厳しい境遇などが、リアリティー豊かに描かれていて素晴らしい。

NHKの大河ドラマは、昭和38年の『花の生涯』に始まり今回で51作目となるが、今では国民的番組のひとつになっていて、ドラマの舞台となる場所が多くの観光客でにぎわったり、主人公に関する書籍が数多く出版されたりと、日本経済に与える影響も大きい。

歴史上の人物や事件が、今をときめく役者たちによって演じられることで、歴史に興味を持ち、理解を深めてゆく人も多いと思われる。「歴女」と呼ばれる歴史好きの女性の増加、全国各地で行われている「歴史検定」なども、大河ドラマの影響を抜きに語ることはできない。何を隠そうこの僕も、そうした一人なのだ。

そして、大河ドラマの大きな魅力の要素になっているのが、番組中に流れる音楽である。とりわけオープニングテーマは、ドラマを象徴する音楽として、1年を通じて番組の冒頭に流れ続けることになり、その存在は重要だ。また、劇中でも数多くの音楽が使われ、登場人物の心理描写や物語の展開に大きな役割を果たしている。

今年の『平清盛』の音楽を担当するのは、現代日本を代表する作曲家吉松隆(よしまつ・たかし)である。彼にとっては初となるテレビドラマだが、彼のオリジナリティが存分に発揮された素晴らしい出来栄えとなっている。先日、そのサウンドトラック盤が発売になったのでさっそく購入したが、館野泉のピアノや子どもの歌声が心にしみるオープニングテーマはもとより、とりわけ劇中で「今様(いまよう)」の歌詞に乗せて歌われる、はかなくも美しい旋律(トラック4、16)は、この大河ドラマ全体を貫く、真のテーマとなっていて、きわめて印象深い。

NHK大河ドラマ『平清盛』オリジナルサウンドトラック

Tairanokiyomorisoundtrackcd


大河ドラマの音楽は、ここしばらく吉俣良や大島ミチル、佐藤直紀など、テレビや映画の分野で活躍する劇判専門の作曲家の起用が続いた。もちろん彼らの音楽はいずれも素晴らしく、僕自身、『篤姫』や『龍馬伝』などの音楽に夢中になったものだ。

彼らは、涙腺を刺激する叙情的なメロディーをはじめ、ロック調やラテン調、民族音楽風など、さまざまなシチュエーションに対応した音楽を創り出す、オールマイティな技術を持つ一流のプロフェッショナルである。売れっ子ともなれば、多様な仕事を同時並行でこなさなければならず、さまざまな要望に迅速に対応するために、何人ものアシスタントを抱え、仕事を分担させる必要も出てくる。いわゆるプロダクションやチームとして仕事を進めてゆくわけだが、それに比べて吉松氏は、アシスタントを持たず、一人で全ての作業をするスタイルを続けているとのこと。今回の大河ドラマの仕事は、彼にとって大変な労力のいる仕事だったことは想像に余りある。

彼の作品は、いわゆる昨今のテレビドラマのように、キャッチーなメロディーが豊富にあるわけではなく、一聴しただけでは複雑に聴こえがちで、親しみやすさの点からみれば、劇判専門の作曲家に一歩譲らざるを得ないかもしれない。

もともと現代音楽界の異端児として、無調や十二音音楽を絶対とするアカデミズムに反旗を翻し、豊かなメロディーの復権を目指していたはずの彼が、こうした大衆音楽の世界では、逆に「とっつき難い音楽」を書く作曲家と思われてしまうのは、何とも皮肉なことである。だが、そうした認識も、時の経過とともに変わってゆくことだろう。

今回の大河ドラマへの挑戦は、彼の音楽の魅力を、より多くの人に知ってもらうことができる絶好の機会だと思っているし、初めてこのオープニングテーマを聴いたときは、数十年来の吉松ファンとして、心に熱くこみ上げるものがあり、感無量であった。

劇中に挿入されるプログレの名曲『タルカス』のオーケストラ編曲版も、往年のロックファンに新鮮な驚きをもって受け止められているようだし、吉松氏自身が運営するホームページへのアクセス数も一挙に増加、新聞や雑誌から多くの取材を受けるなど、一躍「時の人」となっている。また、テーマ音楽をはじめとして吹奏楽版の楽譜もすでに出版されていて、今後、全国各地で開催される吹奏楽団の定期演奏会などで、盛んに演奏されることになるに違いない。

『タルカス~クラシック meets ロック』


Tarkuscd


今回の吉松氏に限らず、大河ドラマの音楽では、これまで現代音楽の分野で活躍する作曲家が数多く起用されてきた。時代をさかのぼれば、入野義朗、武満徹、間宮芳生、三善晃など、そうそうたる顔ぶれが並んでいる。

芥川也寸志による『赤穂浪士』のテーマ音楽は、その後の大河ドラマの音楽の規範となった作品として知られているし、先ごろ亡くなった林光による、滔々(とうとう)と流れる、まさに大河のような『花神』のテーマ音楽も傑作として名高い。

僕がとりわけ感銘を受けているのは、湯浅譲二が担当した音楽(『元禄太平記』、『草燃える』、『徳川慶喜』)で、さすがに現代音楽の旗手らしく、テレビドラマでも決して妥協を許さず、一筋縄ではいかない音楽を書いている。例えば『徳川慶喜』のオープニングテーマ。モチーフが複雑に絡み合う混沌とした響きの中から、浮かび上がってくる清冽で強靭(きょうじん)なメロディー。そのコントラストの妙!わずか2分30秒の尺の中に、聴く者の想像を超える音楽的要素が織り込まれている。第一印象はよくないかもしれないが、聴けば聴くほど味わい深い傑作である。


決定版 大河ドラマ全曲集

Taigadramacd


そして何より重要なことは、この大河ドラマの音楽の演奏を担っているのがオーケストラ(主としてNHK交響楽団)であるということだ。クラシック音楽を愛好する人は別として、視聴者の多くは、日ごろオーケストラ音楽に接する機会は少ないと思われる。そのオーケストラの壮大な響きが、毎週、一般の視聴者の耳に届くという事実、その効果は計り知れないものがある。

大河ドラマは、若干低くなったとはいえ、平均して20パーセント程度の視聴率を誇っている。ドラマの中で奏でられる音楽は、意識すると否とにかかわらず、視聴者の記憶に残り、積み重なってゆく。冒頭や劇中に流れる勇壮な音楽、時には繊細な調べに心を動かされる視聴者も少なからずいることだろう。

その体験こそが、堅苦しいと思われがちなクラシック音楽との接点となる。ひょっとすると、生まれて初めて聞くオーケストラ音楽が、この大河ドラマという子もいるかもしれない…。

『スター・ウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』をはじめとする映画音楽と同様に、NHKの大河ドラマの音楽は、まさにオーケストラ入門、ひいてはクラシック音楽入門として、極めて大きな役割を果たしていると言っても過言ではない。これは、クラシック音楽の世界にとって、とてつもなく重要なことと認識すべきであろう。

【参考映像】

『草燃える』オープニングテーマ


『タルカス』(吉松隆編)

※一部、敬称は省略させていただきました。ご了承ください。

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Twitter

無料ブログはココログ

Amazon ウィジェット

  • ウィジェット