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2011年11月

2011/11/30

来日する海外アーティストたち、それぞれの事情

先日、NHK-BSプレミアムで放送されたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を観ていて、ふと思った。

「何か変だ…」

オーボエ・パートに見慣れない女性奏者がいる。ほかにもヴァイオリンをはじめ、すでに退団したはずの顔ぶれが現役団員に混じって演奏しているではないか。

この疑問は、すぐに氷解した。福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染を懸念して来日を辞退した団員が、若手奏者を中心に相当数いるとのこと。そこで急きょ、退団していたOBや他楽団の団員を招集し、今回の公演に間に合わせたらしい。

コンサート自体は、ソリストのラン・ラン、指揮者のエッシェンバッハともども、なかなかの熱演だったし、公演実現のために奔走された関係者の努力に敬意を表したいが、それでも、何か複雑な感情が沸き上がるのを抑えることができなかった。


今年は、東日本大震災の発生とそれに伴う原発事故に伴い、多くの海外アーティストが来日を取りやめた。春のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、メトロポリタン・オペラのアンナ・ネトレプコ…。

とりわけ僕がずっと楽しみにしていた5月のアンネ=ゾフィー・ムターのヴァイオリン・リサイタルは、当初、予定通り開催されると聞いていたが、結局、中止になり、チケットが払い戻しになってしまった。(3月のイアン・ボストリッジも同様)

他にも、ウィーン少年合唱団やドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめ、多くの海外アーティストが来日を取りやめたが、これはドイツやイタリアをはじめとするヨーロッパ諸国の、日本への渡航制限(自粛要請?)が影響していることは間違いない。「日本中が強い放射線にさらされている」という誤解は、われわれ日本人の想像以上に広がっているようだ。

しかし、10月のベルリン放送交響楽団やザールブリュッケン・カイザースラウテン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団(名前が長い!)は、通常どおり来日したし、つい先日のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団も、トラブルはなかったと思う。ベルリン・フィルの場合は、コンサートマスターの樫本大進をはじめ、日本人団員が何人か在籍していて、そうした不安が払拭されているのかもしれない。

たとえ来日したとしても、自国から飲料水を調達したり、食事の放射線量の測定をしたりして安全を確保しようとしている団体もあるようで、信頼できる情報が少ないために、過剰に神経質にならざるを得ないのかもしれない。そしてその影響は、現在も続いている。

Hukushimadaiichiphoto


このような状況の中で、4月に来日した世界的テノール歌手プラシド・ドミンゴは、コンサートでソプラノのヴァージニア・トーラとともに被災者への祈りを込めて「ふるさと」を歌い、大きな感動を呼んだことは記憶に新しい。

「今、日本に行くのは危険だ」という周囲の制止を振り切って来日した彼の決断の裏には、単に「日本が好きだから」という情緒的な理由だけでなく、今回の企画に、彼が絶大な信頼を寄せるプロデューサー(寺島忠男)が関わっていたことが大きい。



結局、正しい情報を伝え、アーティストたちを安心させることができる人間が周囲にいるかどうかにかかっているということに尽きる。上記のムターの場合も、家族の強い反対があったということで、本人の意志だけで決断できる状況ではなかったのだろう。


ほかにも、不幸な出来事がある。新日本フィルハーモニー交響楽団を取り巻く、一連の騒動だ。

4月に新国立劇場で、歌劇『ばらの騎士』を振る予定だった音楽監督のクリスティアン・アルミンクは、原発事故を理由に突如来日をキャンセル。関係者の奔走により代役が決まったが、公演初日が中止に追い込まれる事態になった。

原発事故に関する情報が交錯する中、彼としてはやむを得ない判断だったとはいえるだろうが、人の気持ちとは理屈だけで割り切れるものではない。悪いことに、キャンセルしたその日程に、ヨーロッパで別の仕事を入れたことが、火に油を注ぐことになる。

期待が大きかっただけに、楽団事務局には公演を楽しみにしていたファンから批判の声が数多く寄せられ、ネット上でも「チキン野郎」「クビにしろ」「裏切られた」などという声が飛び交った。この一件で、長年にわたる新日本フィルの楽団員との信頼関係にも、大きな溝ができてしまったともいわれている。

一方、同じ新日フィルの「ミュージック・パートナー」のダニエル・ハーディングは、3月11日に日本で震災に遭遇しながらも定期演奏会をこなし帰国。6月には再び来日して定期やチャリティーコンサートを開催し、その姿勢や行動に多くの賞賛の声が寄せられた。

アルミンクとハーディング、その対応が図らずも日本での評価を分けることになってしまったのは、誠に残念なことだと言わざるを得ない。

一日も早く、こうした状況が収束することを祈るしかない。


【参考映像】
内容の是非はともかく、このyoutubeの映像の出来栄えには脱帽である。


※敬称は省略させていただきました。

2011/11/13

晩秋のラフマニノフに「一期一会」を想う

去る9日、シドニー交響楽団の来日公演を聴くために、愛知県芸術文化センター(名古屋市東区)へ出かけた。

今回演奏されたラフマニノフの『交響曲第2番ホ短調(作品27)』は、僕が最も好きな作品のひとつであり、時間等の許す限り聴きに出かけることにしているが、今回は何といっても、ウラディーミル・アシュケナージの指揮ということで、聞き逃すことはできない。

シドニー交響楽団は、日本ではあまりなじみのないオーケストラだが、かの有名なシドニー・オペラハウスを本拠に活動するオーストラリアを代表するオーケストラで、1932年の創立。日本人の興味はどうしてもヨーロッパに向いてしまいがちで、オーストラリアというと一等下のような眼で見てしまうが、なかなかどうして、レベルが高いオーケストラらしく、2009年からは、アシュケナージが首席指揮者兼芸術アドバイザーに就任している。日本へは、今回4回目のツアーとなるが、僕はもちろん初めてである。

今回のプログラムは、前半にベートーヴェンの序曲『プロメテウスの創造物』と『ヴァイオリン協奏曲ニ長調』が演奏された。序曲では、ゆったりとした序奏に続き、快速なテンポが心地よいアレグロの主部が印象的な佳演で、続くプログラムへの期待が高まる。

『ヴァイオリン協奏曲』のソリストは、庄司紗矢香。これまでに何度も彼女の演奏に接しているが、少女のような外見からは想像できない力強く堂々とした演奏に定評がある。昨年、ジャンルカ・カシオーリとのリサイタルで聴いたベートーヴェンのソナタは、かなりユニークなアプローチを試みていた彼女だったが、今回の協奏曲は、きわめてオーソドックスな解釈。特に第2楽章ラルゲットは、今まで僕が聴いた中でも最も美しい演奏のひとつだと思った。

なお、カデンツァはクライスラーではなく、どうやら彼女のオリジナルのものを演奏していたようで、こうした試みはとても素晴らしいことだ。

Sayakacd


さて、休憩を挟んで、いよいよお目当てのラフマニノフだ。

『ピアノ協奏曲第2番』とともに、ラフマニノフを代表する人気作である『交響曲第2番』は、次から次へ感情の波が押し寄せるような第1楽章の冒頭から、どこまでも天高く昇っていくかのような最終楽章の圧倒的なクライマックスまで聴きどころ満載で、聴いた後のカタルシス効果は満点である。しかし、混沌(カオス)に陥る一歩手前で踏みとどまるバランス感覚がとても難かしく、一つ間違えると大げさでわざとらしい表現にもなりかねない。かといって波風のない安全運転では、聴き手にとって約1時間の間、ひたすら苦痛なだけである。

Rachmaninov


アシュケナージの解釈であるが、30年前以上前のコンセルトヘボウ管弦楽団との名録音と比べ、驚くほど変化はない。それだけ確固としたスタイルを保っているということだろう。しいていえばメロディーを歌わせる場面では、よりたっぷりと込められた情感が印象的だ。

シドニー響の木管楽器は、特に実力者が揃っているようで、例えば第3楽章アダージョの冒頭6小節目から連綿と奏されるクラリネットソロの美しさは例えようもないほどだ。最も演奏効果の高い第4楽章も、ブラスセクションの奮闘で素晴らしい熱演となり、最後のホ長調の和音が会場に鳴り響くと、一斉にブラボーの声が上がった。


今回の演奏会は、期待にたがわず満足できるものだった。僕は、これからも機会あるごとに、この大好きなラフマニノフの交響曲を聴きに出かけることになるだろう。できれば、再びアシュケナージの指揮で聴いてみたい。だが、アシュケナージもすでに70歳台半ば、彼の演奏に接する機会は、それほどあるわけではない。ひょっとして、もう巡ってこないかもしれない。

おそらく「一期一会」とはそういうことなのだろう。だからこそ、今この時を大切にして、心して聴かなければ…。いよいよ晩秋を迎えつつあるこの季節、演奏会の余韻に浸りながら会場を後にした。


Sydnyorchleaf


【追記】
演奏は異なりますが、なかなかの名演がyoutubeで聴けます。


※敬称は省略させていただきました。ご了承ください。

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