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2011年3月

2011/03/27

シェーンベルクの色彩

先日、愛知県美術館で開催されている「カンディンスキーと青騎士」展に出かけた。

ヴァシリー・カンディンスキー(1866~1944)は、抽象絵画の先駆者として知られ、20世紀前半に、主にドイツやフランスで活躍したロシア出身の画家である。

モスクワ大学で法学や経済学を学んだ彼が、そのキャリアを捨て、画家の道をめざしミュンヘンに出てきたのが30歳のころ。画塾やアカデミーで修業を積むが、当時の保守的な美術界になじめず、やがて独自の道を歩み始める。ヨーロッパ各地をめぐり多くの風景画や故国ロシアの風物をモチーフにした作品を描いていた彼の作風が、抽象画へと大きく作風を転換するきっかけになったのが、シェーンベルクの音楽との出会いである。

1911年1月2日、カンディンスキーは友人たちとコンサートに出かけ、そこで演奏されたシェーンベルクの音楽に大きな感銘を受け、すぐさま彼は『印象Ⅲ(コンサート)』を描く。

Kandinskydraw

中央上部に描かれたグランドピアノの黒、そして右半分に大きく塗り込まれた黄色の色彩こそが、当日の演奏会場を覆っていたエネルギーの表現であり、カンディンスキーが感じ取ったシェーンベルクの色彩といえるのかもしれない。

彼は、それまでシェーンベルクとの面識はなかったが、さっそく熱烈な手紙を送り交友が始まる。彼の画風は明らかに変化し、以前に比べ、より抽象的かつ色彩豊かになっていく。

当時のシェーンベルクは、交響詩『ペレアスとメリザンド』や『浄夜』など、後期ロマン主義的な表現を極めつくし、いよいよ調性の枠を超え無調音楽へ向かおうとしていた時期であった。それは音楽史にとって必然的な流れであったのかもしれないが、彼個人にとっては、道なき道を行くかのような使命感があったのだろう。そうしたシェーンベルクの決意を音楽を通して敏感に感じ取ったカンディンスキーは、自分たちが絵画において目指すべき道を見出したのだと思われる。

彼は言う。

「シェーンベルクの音楽は、われわれを導いて、音楽的体験は耳の問題ではなく、純粋に魂の体験であるという、新しい世界へと進み入っている。この点から『未来の音楽』が始まるのである」

その後、カンディンスキーは、「コンポジション」シリーズなどを通して、その独自の作風をますます発展させていくことになる。


なお、愛知県芸術文化センター地下2階のアートプラザでは、企画展の開催に合わせてカンディンスキーが聴いたシェーンベルクの演奏会※を再現したCDコンサートが開催されていた。※曲は、『3つのピアノ曲(作品11)』と『弦楽四重奏曲第2番嬰へ短調(作品10)』

ピアノ曲もさることながら、今回、認識を新たにしたのは、『弦楽四重奏曲第2番』である。この作品は4つの楽章からなり、後半の2つの楽章ではソプラノが加わり、終楽章は無調になるという特異な形態をとっている。しかし今回聴いた演奏(アルデッティ弦楽四重奏団&ドン・アップショウ)では、前半の3楽章と終楽章との間に何の違和感もなかったばかりか、より官能的にさえ感じられた。

演奏は異なるが、youtubeに演奏が掲載されているので、ぜひ聴いてみてほしい。



僕は、音楽における「調性」とは、心に感情が宿るのと同じく「欠くべからざる存在」であると考える一方で、人の心が、時に予測できない動きを示したり、虚無の状態におちいるように、無調でこそ表現できる感情もあるし、必ずしも調性音楽に対峙するものではないと思っている。シェーンベルクが、この『弦楽四重奏曲第2番』の終楽章において、あえて人の声を使って無調のメロディーを歌わせたことこそが、その証左ではないだろうか。

Kandinskyleaf


初期作品を除き、好きこのんで聴くことのなかったシェーンベルクの音楽と、カンディンスキーの絵画の数々に触れ、その芸術世界を堪能することができた有意義な一日だった。

2011/03/15

歌をきいて思う

連日、新聞やテレビ、ラジオから入ってくる痛ましいニュース。
あまりの凄惨なできごとに、何の気力さえも湧いてこない。

そんな気持ちを抱えたまま出かけた昨夜のコンサート。
出演者も聴衆も、同じ思いをかみしめながら、歌に心を込めてゆく。

それは、悼(いた)みのようで、悼みではなく、
癒(いや)しのようで、癒しでもない。

ただ「在(あ)るがまま」の音楽に、自然と目頭が熱くなる。

やはり歌はいいな・・・、本当にいい。
心からそう思えるひとときだった。


Yorukon_2

2011/03/09

ピアノリサイタル弐題 ~仲道郁代とユジャ・ワン~

最近、きわめて対照的な2つのピアノリサイタルに出かける機会があったので、その感想を記す。

一つめは2月27日、きらりホール(岐阜県北方町)で開催された仲道郁代による「私のピアノ物語」と題された、財団法人三井住友海上文化財団による派遣コンサートである。

Nakamichicon

彼女の演奏会には、これまでに何度も出かけていて、昨年1月の嬉野ふるさと会館(三重県松阪市)以来1年ぶりである。今回のように特定のテーマを設け、それに沿ってプログラミングされた一連の作品を、トークを織り交ぜながら演奏するスタイルが、近年多くなっている。

今回も、ベートーヴェンの『悲愴ソナタ』の演奏の前に、当時のピアノの限られた音域の中で、どのように作曲の工夫がなされ、聴衆を魅了したのかについて詳しい解説があり、続くシューマンの『謝肉祭』では、20の場面ごとに状況を物語りながら演奏が進められた。

休憩を挟んだ後半は、ショパンの名曲の数々とともに、彼女のリサイタルでは恒例となっている「ピアノ解体ショー」が行われ、会場から数人の小学生をステージに上げて、ピアノの仕組みなどを分かりやすく解説。演奏の素晴らしさもさることながら、時おりユーモアも交え、会場を笑いに誘いながら進むスタイルは、誰でも親しめる演奏会を心がけている彼女らしいものだった。

当日の会場は、ほぼ満席状態だったため、彼女は立って聴いている人たちを気遣い、時おり「大丈夫ですか」と声をかけていた。また、終了後のサイン会では、長蛇の列にもかかわらず一人ひとりに声をかけながら接していたのが印象的で、何かとても温かい気分にさせられるリサイタルであった。

Nakamichichopincd2


次いで、翌週3月6日に、電気文化会館ザ・コンサートホール(名古屋市)で開催されたユジャ・ワンのリサイタルである。

彼女は最近、圧倒的なテクニックで注目されつつある中国出身の若手ピアニストで、BS放送でその驚異的な演奏に接して、「近い将来、きっと大変な評判になるだろう」と思っていたところであり、今回は迷わず出かけることにした。

当日、会場は満席であったが、東京の紀尾井ホールでのリサイタルは、チケット発売直後にソールドアウトになったらしい。再来年(2013年)4月に、今回のホールで公演が予定されているとの告知が記してあったが、次回はチケットが取れないかもしれない・・・。

Yujacon

まず、ステージに颯爽と登場した彼女を見て驚いた!? おそらく会場の誰もがあっけにとられたに違いない。

ショートヘアに紫のミニドレス(正しくは「ベアドレス」と呼ぶらしい)というルックスに度肝を抜かれる。およそピアニストらしからぬ服装。長い素足を出し、黒のブーツを履いている。おまけにそのブーツは、かかとの高いピンヒール!大丈夫だろうか・・・という思いが先に立つ。冒頭、ラフマニノフの『コレルリの主題による変奏曲』が始まるが、そのヒールを支点にしてガシガシとペダルを踏むので、折れやしないかハラハラし通しである。

しかし・・・、しかしである。その外見以上に演奏の素晴らしさに圧倒される。クールに見えて熱く、常に何かにいら立っているかのようにも思える演奏。しかし音に迷いがない。どんなに和音を連打しても、クリアで濁ることがないのはペダルテクニックが優れているためだけではない。指のメカニックが完璧だからである。

続くシューベルトの『ハ短調ソナタ』は、彼女には似つかわしくない選曲かとも思われたが、テクニックだけではないリリカルな一面を見ることができ、意外な聴きものであった。

後半のスクリャービン(5曲)は、おそらく最も彼女にマッチした作品で、選曲や順序もよく考えられていて、ショパンの影響の濃い初期の前奏曲や練習曲などが、繊細に、時に劇的に表現されていて圧倒された。次いで、プログラムの変更により演奏されたホロヴィッツ編曲『カルメンの主題による変奏曲』の恐るべきテクニック、以降、怒涛のような演奏が続くが、唖然として語る言葉もない。ピアニストというより、まるでアスリートを観る思いだ。

アンコールの4曲目、モーツァルトの『トルコ行進曲』の一節が始まると客席が一瞬ざわめいたが、すぐにただの『トルコ行進曲』ではないことに気づく。思いがけなく楽しい「裏切り」。ロシアのピアニスト、ヴォロドス編曲による超絶技巧の極限のような演奏で、聴衆のとどめを刺した。

どんなにやんやの喝采でも、彼女は90度の角度でさっと一礼し、あっけなく下手に帰ってしまう。歓声に応えて出てきたかと思えば、すぐに次の曲が始まるので、通常の演奏会に慣れた聴衆は戸惑うばかり。だが、あれが彼女なりの演奏スタイルなのだろう。最後に、万来の拍手に応え微笑む姿が、23歳らしい可愛らしさを垣間見せた瞬間だった。

演奏終了後のサイン会でも、ペンのインクが飛び散らんばかりの激しいタッチで次々とこなしていたが、一人ひとりの顔をちらりと見て、笑顔でCDを手渡していたのが印象的に残った。

とてつもない才能を目の当たりにして、まるで嵐に遭遇したかのような衝撃を受けたリサイタルだった。

Yujawangcd


youtubeには彼女の演奏がいくつか掲載されているが、彼女のリサイタルを未体験の方でも、その恐ろしいまでのテクニックの一端を感じていただけるのではないだろうか。※曲はリムスキー=コルサコフの『熊蜂の飛行』



以上、ここ最近聴いた2人のピアニストについて長々と書いてきたが、誤解を恐れずに言えば、仲道郁代を「静」とするならば、ユジャ・ワンは「動」。しかし、いずれもピアノの魅力を最大限に味わうことのできた素晴らしいリサイタルであった。

※敬称は省略させていただきました。ご了承ください。

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