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2011年2月

2011/02/12

モネが描く光と色を求めて

先週2月5日、企画展「モネとジヴェルニーの画家たち」を観るために、Bunkamuraのザ・ミュージアム(東京都渋谷区)を訪れた。

The_museum

ここ1年は、全国各地で印象派の展覧会が集中的に開催された。これは、前代未聞のことではないだろうか。世界各地の美術館が改修工事を行うため、その期間中、通常は門外不出の作品を含め、多数の所蔵品が貸し出されたことも一因ではあるが、印象派展を開催すれば集客が見込めるという、日本人の嗜好による現象だといえよう。

ちなみに僕が、ここ何ヵ月かで出かけた展覧会のうち印象派関連のものを挙げてみる。

 「ルノワール 伝統と革新」(国立国際美術館、大阪)
 「マネとモダン・パリ」(三菱一号館美術館、東京) 
 オルセー美術館展2010「ポスト印象派」(国立新美術館、東京)
 「ドガ展」(横浜美術館)
 「ポーラ美術館コレクション展 印象派とエコール・ド・パリ」(名古屋市美術館)

また、大きな話題となった「ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たち」(京都市美術館)でも、多くの作品が展示されていたし、地元の「ストラスブール美術館所蔵~語りかける風景」(岐阜県美術館)においても、モネやピサロの名品に出会うという幸運に恵まれた。 まさに錚々(そうそう)たる顔ぶれであり、僕にとって、短期間にこれほど印象派の絵画にふれる機会は初めてである。(今後も、おそらくないだろう・・・)

いずれも素晴らしい内容だったが、クロード・モネ(1840~1926)は、ルノワールとともに僕が最も好きな印象派の巨匠であり、大きな期待を持って出かけた。今回の展覧会(東京会場)では、およそ14点のモネが展示され、中には『積みわら』のように、半年ほど前に別会場で見た作品もあった。できれば、もっと多くのモネを観たいと思うところだが、それは次の機会に譲るとしよう。

さて、モネである。彼は「光の画家」と称されるとおり、さまざまな被写体を通して、生涯にわたり光の表現を追求した画家であった。

Monet

都会の喧噪(けんそう)を嫌った彼は、アルジャントゥイユやヴェトゥイユなど郊外の街を転々とするが、1883年、42歳のころから、人口300人ほどの小さな村ジヴェルニーに居を構える。彼は、この村をいたく気に入り、ついのすみかとする。敷地内に庭園や池を造営し、大好きな花々の手入れをしながら、理想の環境の中で制作に没頭するモネ・・・。

彼は同じ被写体を、時間や視点を変え「連作」として描いたことでも知られるが、今回の会場では、「睡蓮」の連作が、5点展示されていたことも見どころのひとつであった。

Monetdraw2

刻々と移りゆく光や色、自然の一瞬の表情を描こうとしたモネ。観る者に緩やかな時間や空間の広がりをも感じさせるところに、彼ならではの魅力があると、僕は思っている。

モネは、作曲家ドビュッシーやシャブリエらとも交流があり、特にドビュッシーの創作に大きな影響を与えたといわれる。確かに『牧神の午後への前奏曲』や『夜想曲』などで聞かれる物憂げなメロディーや微妙に変化するハーモニーに、モネの描く光や色の表現との類似性を認めることは難(かた)くない。 だが、両者とも、「印象」という言葉からイメージされるような感覚的な芸術家ではなく、むしろ、きわめて論理的、理知的な芸術家であったということを忘れてはならないだろう。

「私は、目の前にあるものを忠実に描いているのだ」(クロード・モネ)


Monetleaf2


なお、この展覧会では、モネを慕ってジヴェルニーに集った画家たちの作品が、数多く展示されていた。いずれも美しく描かれてはいるが、その多くは個性に乏しく、感銘を得るまでには至らなかったというのが、僕の正直な感想である。

その点、モネの絵が持つオーラは別格のもので、改めて彼の偉大さを思い知らされた展覧会だった。

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