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2010年11月

2010/11/20

膨大なCDやビデオと残りの人生

買っても買っても、次々とほしくなる新譜CD
買ってから封を開けていない、もしくは一度しか聴いていない死蔵状態のCD
聴くためというより、蒐集目的で買ったCD
取り扱いが面倒で、聴く機会がなくなったLPレコード
テレビ放送を撮りためたコンサートやリサイタル番組のビデオやDVD 等々

ていねいにインデックスやラベルをつくったり、ケースにアーティスト写真を貼り付けたりと、時間を忘れて熱中した記憶がある。特にDVDは「仕上がり」にも気を遣った。できるだけ高画質で記録するために、一つの番組を複数枚のディスクに分けたり、サムネイル写真をキャプチャーしたり、細かな努力は数知れず。

最近はHD(ハードディスク)付きレコーダーの存在が、一層の拍車をかけている。
とりあえずHDに録画 →録画済の番組がHD容量を徐々に圧迫 →HD容量を確保するためにディスクへダビングという「作業」の無限ループに陥ってしまっている。

日々この「作業」に忙殺され、今では録画した番組の中身を見ることもめっきり減ってしまった。(見るにしても、チャプター打ちのための早送りがほとんど)
費やされる膨大な経費と時間。「このままでいいのか」と、ふと考えることがある。

すべては「いつか時間ができたときに、じっくり楽しみたい」という純粋な気持ちから。しかし、すでに人生も折り返し点?を過ぎた今、未だその「いつか」は来ていない。その間も、ひたすら増殖するコレクション。ひょっとすると、死ぬまで、その「いつか」は訪れないかもしれない。(一念発起すれば、いつでもできるにもかかわらず)

これは、ある種の「中毒」状態なのだろう。果てしない己(おのれ)の欲望のために、浪費していく貴重なお金と時間。今後、これらのCDやビデオを、全部聴き(見)返すことなど、とてもできそうにないし、だからと言って手放す勇気もないのだ。

「もし自分が死んだら・・・」 コレクターは誰しも、多かれ少なかれ思い巡らす。
本人にとっては、かけがえのない宝ものかもしれないが、興味のない者にすれば、迷惑千万。故人が生前、手間暇かけて集めた自慢のコレクションが、死後、家族によってあっけなく捨てられてしまったという話も耳にしている。そこまで至らなくても、おそらく家の倉庫の片隅で、ほこりに被ったまま放ったらかし。悲しいかな、それが現実である。

遺言により、公立図書館や資料館に寄贈され感謝されたという話や、共通の趣味を持つ友人に譲ったという幸運な事例も聞くが、それは、きわめて稀(まれ)なケースであると肝に銘ずべきだろう。

自室の膨大な量のCDやビデオの山をぼんやりと眺めながら、こうした厳しい現実を、今から受けとめていく覚悟が必要なのだろうと思った。


Mycd


趣味とは、己が生きている証(あかし)、生きていればこそ価値あるもの

だから、もっともっと音楽を通して、生きる喜びをかみしめたい。限りある人生だからこそ、今、この瞬間々々を大切に生きていきたいと切に思っている。

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