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2010年10月

2010/10/17

「かしも明治座」で引き継がれる音楽家の遺志

秋もいよいよ深くなる10月の土曜の午後、昨年に続き、中津川市加子母(旧加子母村)で開催されたクラシックコンサートに出かけた。

「田中千香士音楽祭」と銘打たれたこのコンサートは、元NHK交響楽団のコンサートマスターで東京藝術大学名誉教授であったヴァイオリニスト、田中千香士(故人)の発案により開催され、今回で13回目を数える。約40名の「レボリューションアンサンブル(田中千香士アカデミックアンサンブル)」による本格的な演奏会である。

残念ながら一昨年、田中氏は亡くなられてしまったが、今年も、「加子母風起こし実行委員会」の主催により、藝大時代の教え子たちを招聘し、数日前から地区の保育園や小学校などでアウトリーチを開催し、リハーサルを重ねながら、この日のコンサートを迎えた。

会場の「明治座」は、明治27年に建てられた農村芝居(岐阜県では「地歌舞伎」とも呼ぶ)小屋で、県の重要有形民俗文化財に指定されている。上手下手両側に花道を持つ、本格的な芝居小屋である。

陽が傾き出す午後5時の開場時間には駐車場は満車になり、僕は交通整理員の指示に従い、近くの畑のあぜ道に車を止めた。

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場内は、地元や近隣から集まった人々で立ち見が出るほど。おそらく500人を超えていたのではないかと思われる。地元の朴葉寿司(これがまた旨い!)や弁当などを食べながら、開演までの時間を待つ親子連れやお年寄り。客層は通常の音楽ホールとは明らかに違い、まるで地元の年中行事に来ているような雰囲気である。

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この日のプログラムは、前半にモーツァルトの歌劇『魔笛(K.620)』序曲と『協奏交響曲変ホ長調(K.297B)』、休憩を挟んで、ベートーヴェンの『交響曲第7番イ長調(作品92)』が演奏されたが、いずれも大変な熱演で、ステージ上の演奏者それぞれが、恩師との思い出を抱きながら、聴衆へ、そして今は亡き恩師へ最高の音楽を届けようという思いが感じられた。

それにしても、この小屋で聴くオーケストラの「独特の響き」は何と表現したらよいのだろうか。他に代え難い魅力がある。十分に言い表せないのがもどかしいが、楽器本来が持っている音が鳴る。それは弦や木管だけでなく、金管楽器も同様である。なぜこうなるのか・・・。反面、演奏者にとっては、残響の助けがなく、個人の技量やアンサンブルの細かな乱れが露呈してしまうという、厳しくも恐ろしい演奏空間なのだ。

これは、都会の音楽ホールでは、まず遭遇することのない体験であり、それ故、田中千香士氏は自分の教え子たちに、この環境に身を置かせ、自身が持つ本来の「音」「音楽」に向き合わせようとしたのかもしれない。

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巷(ちまた)でよく開催される「ファミリーコンサート」や「よい子のためのクラシックコンサート」の類ではなく、まさに本格的な演奏会であったが、会場では、膝を抱えて熱心に耳を傾ける小さな子どもたちの姿が、あちこちに見られ、「子どもたちに生の音楽を、本物の音を聴かせたい」という亡き音楽家の願いは、確実に引き継がれていることを実感した。


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田中千香士氏の遺志が、ここに集う音楽家、そして加子母の人たちの思いとともに引き継がれ、末永く続くことを心から願って止まない。


【付記】

会場へ向かう道すがら、国道19号沿いの「くるまや」に立ち寄り、名物のそば(今回は「とろろ付きざるそば」)をいただいた。
ここのそばは、あっさりしてはいるが、ほどよい歯ごたえもあり、噛(か)むとほのかな甘みさえ感じられる。実においしいそばである。ぜひ一度ご賞味を。

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2010/10/02

未完の傑作?ベートーヴェンの『ピアノ協奏曲第6番』

念のために申し上げておくが、これは近年、第6番と呼ばれることもある『ヴァイオリン協奏曲ニ長調(作品61)』の作曲者自身による編曲版のことではない。1957年、W.ヘスによる作品目録で「Hess15」の作品番号が与えられた『ピアノ協奏曲ニ長調(断章)』のことである。

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ベートーヴェンは、1814年の暮れから新しいピアノ協奏曲の作曲に取り組み、第1楽章の再現部の途中(256小節)まで書き進んだが、翌年の後半には作曲が中断され、草稿が未完のまま残された。この草稿は70ページにもわたる大規模なもので、オーケストレーションも、ピアノが加わる提示部の途中(182小節)まで進んでいた。


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一時期、かなり意欲的に取り組んでいたといわれるこの協奏曲の作曲が中断された理由は、定かではない。1815年の慈善演奏会において、自身のピアノによる初演を目論んでいたが、想像以上に耳の病が進行していたため、実現不可能になったことが最大の要因だと推測する研究者もいる。 1815年11月には弟カルルが死去するが、その同名の息子の後見をめぐる裁判に忙殺されたことも一因かもしれない。

補筆完成版は、ロイヤル・ホロウェイ・ロンドン大学のニコラス・クック教授とケリーナ・クワン助手の尽力によりにより1987年完成。同年初演された

より詳しく知りたい方は、ベートーヴェンの未完成・未発表・未出版作品のデジタル・アーカイヴ化プロジェクトである「The Unheard Beethoven」のウェブサイト(英文)をご覧いただきたい。

【曲の概要】

ニ長調 ソナタ形式 4分の4拍子

演奏時間は約16分

曲は、『ピアノ協奏曲第4番』や『皇帝協奏曲』、『ヴァイオリン協奏曲』と同様の雰囲気を持っている。

オーケストラの総奏により第1主題が力強く提示され、壮大な盛り上がりを見せる18小節目以降の直線的な筆致は、いかにもベートーヴェンらしく感動的であるし、経過句が、『第九』の第1楽章第1主題の後半部分に酷似しているのが興味深い。

1809年の『皇帝協奏曲』以降、ベートーヴェンは協奏曲の分野で完成作を残しておらず、この断章が唯一のものである。作曲時期である1815年前後は、作風の転換期(中期から後期へ)でもあり、彼が、このジャンルで目指そうとした世界の一端を知ることができる。

クック教授による補筆完成版の意義は大きいが、曲が展開部にさしかかる前後から音楽が方向性を見失い、質感が一気に低下する。もしベートーヴェンが完成していたならば、更に推敲が加わり、凝縮された音楽になったと思われ、返す返すも残念でならない。

現時点で、この作品を収録した唯一のCDが発売されているので、一応紹介させていただく。

マウリツィオ・パツィアレッロ(Pf)、ロベルト・ディエム・チガーニ指揮、ササーリ交響楽団(Inedita)


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しかしこの演奏は、正直のところ、演奏技術・解釈とも優れているとは言い難く、世界初録音としての役割を果たしていないように思う。むしろ、上記ウェブページに掲載されているMIDI音源の方が、よほど聴き応えがあり、曲を聴いてみたいという方は、そちらをお勧めする。 また、youtubeには、総譜付きの音源がアップされているので、興味のある方は、こちらもご覧いただければと思う。



この曲は、草稿だからと無視してしまうには惜しい魅力的なページが多く含まれている。近い将来、優れた演奏や録音が登場することを大いに期待したい。

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