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2010年8月

2010/08/28

芸術に対する評価の曖昧さ

例えば、
「モーツァルトの音楽は、本当に素晴らしい!」
「モーツァルトこそ、最高の作曲家だ!」
「自分は、モーツァルトの曲しか聴かない」

こう断言して憚(はばか)らない人に、ぜひ次のように尋ねてみたい。

彼の絶筆となった『レクイエム』は、どの部分まで彼の意図が反映しているのか。例えば「サンクトゥス」や「アニュス・デイ」は、本当に弟子のジュスマイヤーのオリジナルなのか。偽作といわれる『ヴァイオリン協奏曲』の第6番や第7番には、本当に彼の手が入っていないのか。他にも『交響曲イ短調』など、偽作と疑われている曲が数多くあるが、あなたなら真作か偽作か当然わかりますよね・・・、と。

不愉快だと顔をしかめる向きもあるかもしれないが、決してからかっているわけではない。こちらは至って真剣である。 だって「モーツァルトこそ最高!」と、言ったじゃないですか・・・。


Mozart


この問題は、ある意味「芸術に対する評価とは何か」という問いの本質を突いていると思う。結局、真作と偽作を判断できる材料は、客観的証拠(原則は一次資料)しかないのである。それがなければ、たとえ高名な音楽学者や評論家でさえも、判断はつかないのだ。

例えばモーツァルトの場合は、自筆譜が発見されて、ようやく真筆と結論付けられる。つまり、作曲家の名前というのは一種のメルクマールであり、「モーツァルトが好き」というのは「モーツァルト(の作とされている、この曲)が好き」、または「(多くの素晴らしい作品を残したといわれている)モーツァルトが好き」という意味なのである。
多くの名曲が評価され、帰納的に積み重なって「モーツァルト」というブランドになり、信頼になる。

今回は音楽に議論を絞っているが、絵画や陶芸の世界でも、大なり小なり事は同じである。つまり芸術の評価とは、そういう曖昧(あいまい)さとともに存在するものなのだ。

オーストリアが生んだ世界的ヴァイオリニストであり、『愛の喜び』『美しきロスマリン』など多くの名曲を残したフリッツ・クライスラーは、過去の作曲家の「埋もれた作品」を数多く発見し、その主題による編曲を発表していたが、1935年、それはすべて自分の作曲であるとカミングアウトし、一大センセーションを巻き起こした。世にいう「クライスラーの作曲者詐称事件」である。

Fritzkreisler


これは彼が、ある評論家から「曲は素晴らしいが、あなたの演奏は大したことない」と言われ激怒したことがきっかけとされているが、ある意味、ブランディングに対するアンチテーゼを提示することになった事件ともいえる。

以前このブログでも、ホフシュテッターの作品を取り上げたが、大作曲家ハイドンの代表作とされてきた曲が、偽作と断定されると演奏されなくなる。そして、やがて録音もされなくなる。それって何なのか? 素晴らしい曲は、純粋に素晴らしいはずなのに!

僕は冒頭の、モーツァルトを愛する人たちを貶(おとし)めるつもりはない。彼らは、モーツァルトというブランドを信頼し、その曖昧さを含めて満足しているのだから・・・。しかし、他の作曲家に比べてモーツァルトには、こういう「ブランド信者」が多いと感じるのは気のせいだろうか。

そういう人に会った場合、僕は「世の中にはモーツァルトの曲ほかにも、素晴らしい曲がたくさんありますよ」と言いたい気持ちを抑えられなくなるが、でもそれは、きっと彼らには「大きなお世話」なのだろう。

2010/08/24

飛騨高山フィルに想う

22日朝の目覚めは、最悪だった。

鈍い頭痛や倦怠(けんたい)感で、起きることがままならない。昨夜、眠るまでは何ともなかったのだが・・・。どうやら、昨日の夕食が原因の食あたりではないかと思われた。

その日は、高山へ出かける予定だった。目的は「飛騨高山フィルハーモニー管弦楽団特別演奏会」。前回の2008年の時は、所用により行くことができなかったので、今回はぜひ聴いておきたいと思っていたのだ。

こんな体調の時は、自宅で安静にするべきだとも考えたが、それほど重症ではない気もする。自宅から演奏会場まで、高速道(東海北陸自動車道)を利用して片道およそ2時間半。あれこれと悩んだ末、頭痛薬と栄養ドリンクを飲み、気合いを入れて出かけることにした。

だが、時間がたっても症状は治まらず、順調に車を走らせている間は、それほどでもなかったが、白鳥インター付近から渋滞に巻き込まれ、それが体調不良に拍車をかけることになった。

運転中何度も、路肩に車を止めて休もうかと考えたが、それほど時間にゆとりはない。途中、休憩をとることもなく、必死に歯を食いしばって高山まで車を走らせ、やっとのことで演奏会場の「飛騨・世界生活文化センター」に到着したのは、開演およそ15分前だった。


Hidacenter


「飛騨高山フィルハーモニー管弦楽団」は、2004年に地元有志により創設された高山室内合奏団を母体として、その関係者を中心に組織された特別編成のオーケストラであり、今回が2回目の演奏会となる。

飛騨・世界生活文化センターの飛騨芸術堂は座席数500の小ホールであるが、開演時点の来場者は、おそらく200人前後と思われた。僕は以前、この会場でもっと入りの少ない演奏会に遭遇したことがあるので、アマチュア団体としては、この程度なら悪い方ではない。

今回のステージは、ヴァイオリンパート各3プルトを基本にして編成されているようだ。このホールには、ちょうど良い規模である。

この日はオール・モーツァルトプロで、第1部は、『交響曲第29番』から第1楽章、バレエ音楽『レ・プティ・リアン』抜粋、次いで曲目解説があり、『ピアノ協奏曲第9番』から第3楽章。10分の休憩を挟んだ第2部では、本日のメインプログラムである『交響曲第40番』。最後に、アンコールに応え『アヴェ・ヴェルム・コルプス』が演奏された。


Hidahall_2


演奏内容に関しては、想像していた以上によく頑張っていたと思う。特に木管パートは、なかなか健闘していて、クラリネットやファゴットの演奏は安定感があった。 しかし、メインの弦楽パートについては課題が多い。シンプルゆえ、プロオケでも演奏が難しいといわれるモーツァルトであればなおさらのこと。音程・音色・ボウイング・アンサンブル等々、いずれも基本的な点において、今後一層の研鑽が必要だと感じた。

なお、慣れていないせいかコンミスをはじめ、ステージマナーがぎこちない。これは演奏会全体の空気(雰囲気)に影響するとともに、聴き手を惑わせる原因にもなるので、演奏以前の問題として、しっかりとした対応をお願いしたい。いずれにせよ、まだまだ発展途上のオーケストラだ。

だが、何より素晴らしいと思うのは、こうした演奏会を企画・実施し、続けていこうという志(こころざし)である。
「飛騨高山の地でオーケストラをやりたい」という強い思いが、この「飛騨高山フィルハーモニー管弦楽団」という名称に表れているし、この活動を後押ししていると思われる。主催者である実行委員会・演奏者・その他関係者の方々のご尽力に、深く敬意を表したい。


Hidatakayamaphil_2


このオーケストラが、今後、ステップアップしていくためには、演奏技術の向上はもとより、多くの人の意見に耳を傾け、活動への賛同者を増やしながら、根気よく継続していくことが鍵だろう。当面、常設は無理としても、フルオーケストラとして本格的な演目、例えばブラームスやチャイコフスキーの交響曲等を目指すのであれば、なおさらの話だ。

高山市には、他に同様の団体として「フェリーチェ音楽院オーケストラ」が存在するし、管楽器や打楽器に関しては、老舗である「高山市民吹奏楽団」の存在を忘れることはできない。また近年は、在京のプロ奏者を中心に編成される「飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ」が、毎年、春先に演奏会を開催している。こうした活動と何らかの連携は、できないものだろうか。

おそらく今回の主催者は、そんなこと百も承知だと思われるので、ひょっとすると地域固有のさまざまな事情が絡んでいるのかもしれない。しかし、演奏家共通の願いである「いい音楽をやりたい」というただ1点において、まとまることができれば、多くの困難を乗り越えられると思うし、音楽には、そのような力があると信じたい。今回の演奏会のように、「飛騨人による、飛騨人のためのオーケストラをやりたい」という強い意志があれば、夢が実現する日も、それほど遠くないのではないか。そのようなことを考えさせられた演奏会だった。

会場を後にするころには、朝方の頭痛や倦怠感もすっかり治まり、逆に、おなかがすいて仕方なかった。帰りの高速道は、行き以上に渋滞していて、いささか閉口したが、気持ちは不思議と明るかった。


Highwayjam


「今日は、あきらめずに聴きにきてよかった」と思いながら、穏やかな気持ちで家路に車を走らせた。

2010/08/17

東山魁夷とモーツァルトをめぐる一章

先日、長野市にある東山魁夷館を訪れた。公園を挟んで名刹、善光寺の隣に位置する緑に囲まれた施設である。


Nagano_kai_museum


正式名称「長野県信濃美術館 東山魁夷館」は、その名のとおり日本画の巨匠、東山魁夷(ひがしやま・かいい 1908~1999)から作品と関連書籍の寄贈を受けて、画伯存命の1990年4月に開館した施設であり、本制作はもとより、スケッチや習作などを多数収蔵する施設となっている。

今回、僕が訪れた目的は、開館20周年記念展「白い馬の見える風景」を鑑賞するためである。

会場では、画伯の最初期の作品をはじめ、さまざまな絵やスケッチなどが展示されていたが、特に目玉である作品、連作「白い馬の見える風景」は18点で構成されている。当日観ることができたのは、それらの習作だったが、1点、1974年に描かれた日展出品作『白馬の森』の本制作が展示されていた。

これは青と白を基調とした森の中に、一頭の白馬が描かれた幻想的な作品である。富士山5合目のブナの原生林を描いたとされる木々の輪郭が比較的明瞭に描かれているところに、ぼんやりと映し出される白馬の姿は、夢の中に佇(たたず)んでいるようにも感じられ、吸い込まれるように見とれてしまった。


Hakubanomori


この絵には、東山画伯の次のような詩が添えられていた。以下、原文のまま掲載する。

「心の奥にある森は 誰も窺い知ることは出来ない」

また当日は、連作の中の『緑響く』の複製品(ピエゾグラフ)が展示されていたが、その構図や色使い、作品から醸し出されるスタティックな雰囲気が素晴らしかった。


Midorihibiku


この作品に添えられた詩こそが、これら連作「白い馬の見える風景」の制作のきっかけとなったものである。

「絃楽器の合奏の中を ピアノの単純な旋律が通り過ぎる」

東山画伯は制作の合間に、よくモーツァルトの協奏曲の緩徐楽章(第2楽章)を聴いていたらしい。ある日、モーツァルトのピアノ協奏曲を聴いていたところ、突然、緑の針葉樹(絃楽器)が茂る湖畔に白馬(ピアノ)が姿を現し、横切っていくのが脳裏に浮かんだとのこと。

画伯は言う、「この白馬の見える風景の連作をそれになぞらえるのは僭越ではあるが、やはり第2楽章のアンダンテ、あるいはアダージョ的な性格を持つと云える。むしろ、間奏曲であるかもしれない。ドイツの旅と、大和路の旅の間という意味で」

東山魁夷が、風景画家として立つ決意をするきっかけとなったのが、この白馬を描いた連作であり、このエピソードは、以降の彼の画家としての方向性を決定付けたといえる実に重要な出来事である。真の芸術家同士が、時空を超えて共鳴し、新しいインスピレーションの源になる。それは何と素晴らしいことか。

振り返って、自分はどうだ。モーツァルトを聴くことについては人後に落ちず、時間も曲数も、東山画伯より遙(はる)かに多く接していることは間違いない。しかし、本当に「モーツァルトを聴いている」と自信を持って言えるだろうか・・・。

そんなことを自問自答しながら東山魁夷館を後にした、残暑厳しい夕暮れ時であった。


※敬称略
  東山画伯の絵や詩などについては、記念展のリーフレット等を参考にさせていただきました。

2010/08/11

日本の吹奏楽に関する一考察

季節は今、夏真っ盛り。
阪神甲子園球場では、高校球児が熱い戦いを繰り広げている。

夏の「全国高校野球選手権大会」の頂点が甲子園とすれば、吹奏楽の世界では、さしずめ東京の普門館(ふもんかん)である。5千人規模のホールで開催される「全日本吹奏楽コンクール全国大会」のチケットは、発売開始後、瞬く間に売り切れるという。毎年、全国各地で、この普門館を目指して、中学生や高校生をはじめ、吹奏楽関係者の熱い戦いが繰り広げられる。

近年、吹奏楽は、大阪府立淀川工科高校吹奏楽部(通称「淀高」)の丸谷明夫氏の個性的な指導や部員の奮闘ぶりがテレビ番組で紹介されたり、映画「スイングガールズ」などの大ヒットが、吹奏楽界の追い風になっていると思われる。

なお、硬式野球やサッカー部とは異なり、中学校、高等学校の吹奏楽部は、男子校などは別として、圧倒的に女子が多いのが特徴であり、文化系クラブに男子が少ないのは、今も昔もそれほど変わらない。

クラシック音楽の愛好家が、吹奏楽と聞いて連想するのは、スーザの行進曲、ホルストの2曲の吹奏楽組曲、ヴォーン・ウィリアムスの『イギリス民謡組曲』、最近、日本のオーケストラでも取り上げるようになったグレインジャーあたりか。

Holst_2

吹奏楽の世界では、オリジナル曲の作曲、演奏活動が盛んであり、A.リード(故人)、J.バーンズ、R.W.スミス、ヤン・ヴァン=デル=ロースト、P.スパークなど。日本人では、兼田敏(故人)、保科洋、岩井直溥、真島俊夫、伊藤康英など。最近注目の若手では、鈴木英史、福田洋介、八木澤教司、酒井格などが代表格で、新しい曲が次々と生まれてきている。

クラシック系のいわゆる現代音楽作曲家が、ひたすら新しさやオリジナリティを追求するあまり、一般聴衆から、どんどんかい離し「孤高の存在」になりがちなのに対して、吹奏楽界の作曲家の曲は、コンクールの主な演奏者である中高校生たちにも配慮しているせいか、調性も明確でメロディーも親しみやすい。吹奏楽コンクールの課題曲に選ばれれば、全国各地で演奏されることになり、楽譜も売れ、膨大な収入が入る。また、上記のような「売れっ子作曲家」ともなれば、全国各地から作曲や編曲の依頼があり、作曲家として生計を立てることも夢ではない。

また、コンクール出演団体は、自由曲の選曲にあたって、自分たちの魅力をアピールするためにいろいろと工夫を凝らす。もちろん、先ほどの「売れっ子作曲家」などに新曲を委嘱する場合もあるが、思いのほか多い例は、クラシック曲を吹奏楽用に編曲された作品を取り上げることだ。

最近のコンクールでは、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』第2組曲が、カラフルかつゴージャスで、演奏技術がアピールでき、演奏効果も高いことから、とりわけよく演奏されている。ただし、演奏時間の制限から、「夜明け」の場面に続いて、いきなり「全員の踊り」になってしまうのが残念だが・・・。

Ravel

また、レスピーギの『シバの女王ベルキス』や『教会のステンドグラス』、フローラン・シュミットの『ディオニソスの祭り』など、熱心なクラシック音楽愛好家でも、めったに聴かないような曲が、吹奏楽界の定番曲として、全国で盛んに演奏されている。
他にも有名曲では、ベルリオーズの『幻想交響曲』の第4、5楽章、ショスタコーヴィチの『祝典序曲』や『交響曲第5番』の第4楽章、リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』の第4楽章、リヒャルト・シュトラウスの楽劇『サロメ』から「7つのヴェールの踊り」などが、よく取り上げられる。

さて、今回の本題に入りたい。

オーケストラ(特にアマオケ)の世界では、こうした吹奏楽関係者を「ブラバン連中」などと揶揄(やゆ)し、とかく格下に見がちな傾向がある。しかし、今やプロ・アマ問わず、管楽器や打楽器奏者の大多数は学生時代、この吹奏楽経験者なのである。

アマチュアオーケストラ団体が自己満足の世界に陥り、稚拙な演奏レベルのまま演奏会を開き、せっかく来場したクラシック音楽初心者から、「知り合いが出ているので来てみたが、クラシック音楽って退屈だ」とか「あまりに気持ち良くて、寝てしまった(要するに「つまらない」という意味)」などという声を聞くたびに悔しい思いをしてきたし、マイナスイメージを植え付ける状況が繰り返されていることが、残念でならない。

毎年開催される吹奏楽コンクールでは、中学生や高校生がプロ顔負けの演奏を繰り広げ、その素晴らしさには、ただただ圧巻される。青春をかけて吹奏楽に取り組む学生たちの姿を見るたびに、その情熱と努力こそが音楽界の希望であるという、確信めいた思いが強くなっている。

無論、現在の吹奏楽界にも多くの課題があることは承知しているが、オーケストラ関係者は偏見を捨て、吹奏楽関係者と連携を深めて、互いに知恵を出し、日本の音楽界発展のための方策を、もっと真剣に考えてほしいと思うや切である。

2010/08/08

伊福部昭 幻の「管絃楽の為めの音詩 『寒帯林』」日本初演を聴いて

8月8日、東京の日比谷公会堂(東京都千代田区)に出かけた。


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伊福部ファンの間で、これほど待ち望まれていた日はないだろう。夢にまで見た、幻のオーケストラ曲『寒帯林』の日本初演!である。

たしか十数年前、この曲を含む満州国関係の楽譜の所在が中国で確認されたというニュースを聞いた記憶があるが、中国政府当局が返還に難色を示しているため、幻の作品とされてきた。 しかし、作曲者の死後、遺品の中から自筆のスコアが偶然発見され、これに基づき、このたび日本初演の運びとなった。コンサートの主催者をはじめ、関係者各位のご尽力に心から感謝申し上げたい。


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当日は、日本の近代作曲家の埋もれた作品の演奏に取り組んでいる「オーケストラ・ニッポニカ」の18回目となる演奏会。この『寒帯林』を挟むかのように演奏された深井史郎のオーケストラ作品2曲(組曲『大陸の歌』、カンタータ『平和への祈り』)も、素晴らしい曲であり、演奏であった。

特にカンタータは、合唱の名曲『大地讃頌(だいちさんしょう)』の作詞家としても知られる大木惇夫の詩による独唱(ソプラノ・アルト・テナー・バス)と合唱を伴った演奏時間約1時間の深井渾身の大作であり、曲の終盤、合唱が壮大なフーガになる部分は、ベートーヴェンの第九を思わせる。合唱団の熱演にも拍手を送りたい。

作曲家が初演時のプログラムに寄せている、「平和への祈り」ではなく、「平和のための戦い」でなければならないという言葉は、現代を生きるわれわれにも強い説得力がある。詳細は省くが、深井史郎のこれらの作品も、もっと広く演奏され、聴かれてほしい作品である。

さて、今回の本題に入ろう。

日本を代表する作曲家の一人、伊福部昭の「管絃楽の為めの音詩 『寒帯林』」である。(※作品名表記はプログラムに従う)今回のコンサートに訪れたおそらくほとんどの人の最大の関心は、この作品の初演だったのではないか。会場には、伊福部の弟子でもある作曲家の和田薫氏をはじめ多くの関係者が訪れ、初演を見守っていた。

作品の詳細については、当日のプログラムにも詳しく掲載されているが、ほぼ同様のことが、作曲家のHPに掲載されているので、参考になるかと思う。

太平洋戦争末期の1944年、伊福部昭が満州映画協会から委嘱されて作曲した作品で、依頼主は、かの甘粕正彦(当時、理事長)であった。 彼は、大杉栄らを殺害したとされる「甘粕事件」を主導。満州国の陰の支配者ともいわれ、今日も否定的に語られることが多いが、映画や音楽など、芸術の分野においては、多大な貢献を残している。彼のことは、当日のプログラムに触れられていなかったが、作曲家の長男である伊福部極氏が語っている ~言い様によっては、この「脛に傷のある父の楽曲」~ という言葉に、この作品の持つ宿命と背景の複雑さを垣間見ることができよう。

作曲者は後に、この作品に対して否定的な態度をとったといわれるが、彼の夫人が後に「あの曲はどうなったのだろう。なつかしいな」と語っているように、当時、30歳前半の創作意欲旺盛な作曲家が、試行錯誤を繰り返し、渾身の力を込めて書いた作品であることは間違いないのだ。

復活演奏を待ち望んだわれわれは、ただ無心に耳を傾けたいと思う。


003


曲は3つの楽章からなる。演奏時間は、およそ25分。

第1楽章「うすれ日射す森」 アンダンテ・トランクイロ
シベリウスの第1交響曲の第1楽章の序奏、あるいは第4交響曲に似て、静謐な森の情景を表すかのような音楽。テーマは単調で、私には曲想に変化が乏しいように感じたが、これは、もう少し聴き込む必要があろう。

第2楽章「杣の歌」 モデラート・パストラーレ
のどかで懐かしく、どこか寂しげな4拍子の民謡調のテーマが繰り返される親しみやすい曲。このテーマは、約40年後に作曲される『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』の第1楽章に形を変えて現れる。

第3楽章「山神酒祭樂」 アレグロ・ラプソディコ
伊福部節ともいうべき快活なアレグロ楽章。弦の刻みが、この作品の数年前に書かれた『交響譚詩』の第1曲や戦後書かれた『シンフォニア・タプカーラ』の第3楽章を思わせるが、曲の終盤にさしかかると、ゴジラのテーマが現れたのには驚いた。そして曲は、熱狂の中にティンパニの激打で閉じられる。

聴いた人により感想も、さまざまだろう。作曲された背景を知り、否定的な考えを抱く人もいるかもしれない。しかしそれは、戦争中行われた数々の弾圧の類と、ある意味同じではないか。

僕は率直に感動した。素晴らしい作品だと思った。岐阜からはるばる聴きに来た甲斐があったし、今ここで歴史的瞬間に立ち会っている実感があった。作曲者が当時、持てる力を尽くして作り上げた自信作であろうことが聴いていて感じ取れた。いかなる経緯があったにせよ、彼の重要作に違いはない。彼の作品群のパズルの、重要な1ピースが埋まったような気がした。

本日の演奏のCD化は検討中との話だが、ぜひ実現してほしいものだ。そして、これを契機に、多くの演奏会で取り上げられていってほしい。若き天才、伊福部昭の代表作の一つとして・・・。それだけ価値のある作品であり、演奏であると思った。


004

※敬称略  
  作品等の説明については、当日のプログラム等を参考にさせていただきました。


【追記】
待望のライブCD(エクストン)の発売が決定したようです!
伊福部昭:管弦楽の為の音詩「寒帯林」、深井史郎:カンタータ「平和への祈り」(本年11月17日発売)

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本当によかった・・・! 今から楽しみです。


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