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2008年6月

2008/06/22

沢井忠夫 二つの群の為に

箏曲家であり、作曲家である沢井忠夫(さわい・ただお 1938~1997)は、愛知県に生まれ、現代日本の邦楽界の旗手として活躍した。

伝統を重んじながらも、それにとらわれない現代的な邦楽をめざして、1979年、妻である一恵とともに「沢井箏曲院」を設立し、全国各地で後進の育成に力を注いだ。ポピュラーやジャズ、クラシックなどの演奏家との共演にも積極的で、テレビやラジオにも数多く出演している。

いよいよ円熟の境地にさしかかろうという59歳の年、くも膜下出血により逝去されたことは痛恨の極みであるが、彼の作品や演奏は、古典から現代まで、多くの作品集CDが出ているのが、せめてもの救いである。

僕も10年ほど前、ある邦楽演奏会のステージで沢井箏曲院による合奏(『音きらら』)を聴いて、とても感動した記憶があり、最近も、ご子息の比河流(ひかる)氏らによる斬新なステージを鑑賞し、箏曲の持つ表現力の可能性に大いに感銘を受けたばかりである。

今回ご紹介するのは、1976年に発表された『二つの群の為に』で、ハーモニクス奏法やドラムのスティックによる演奏法などを取り入れた大編成による意欲作である。
全部で3つの楽章からなり、従来の箏曲とは異なる、きわめて現代的なリズムとハーモニー、奏法による幽玄かつ情熱的な音楽が全編にわたって繰り広げられ、聴く者を圧倒する。

現代箏曲の最高傑作のひとつであり、ぜひ一聴をお薦めしたい。

演奏時間は、およそ22分

Sawai_tadao


【追記】
youtubeに、ご本人が出演されたネスカフェのCMが掲載されています。(2009年2月1日加筆)


なお、ここで演奏されている曲は、このCMのためのオリジナル作品とのこと。


2008/06/21

ミャスコフスキー 交響詩『沈黙』

ロシアの作曲家ニコライ・ミャスコフスキー(1881~1950)は、ソ連時代の1921年以降、終生にわたりモスクワ音楽院の教授を務め、ハチャトゥリアンやシチェドリンをはじめとした多くの作曲家を育てた教育者として知られる。

Myaskovsky2

彼は、幼少のころから音楽の才能を認められていたが、父親の跡を継いで軍人になるために陸軍工科学校に入学し、卒業後、25歳からペテルブルク音楽院で、リャードフやリムスキー=コルサコフに作曲を学んだ。
その時、同窓生であったプロコフィエフと親交を結び、その交友は生涯にわたって続いた。

ソ連時代は、ソビエト作曲家同盟に所属し、かつての実験的な作風から、社会主義リアリズムに即した穏健な作風に転じたといわれる。しかし、27曲にも及ぶ交響曲を残したことから分かるとおり、生涯にわたり作曲意欲旺盛で、その内容も優れていることから、近年、再評価が著しい。

この『交響詩「沈黙」ヘ短調(作品9)』は、ペテルブルク音楽院を卒業後、1909年から翌年にかけて作曲された初期の作品で、エドガー・アラン・ポーの同名の散文詩に基づいている。

スクリャービンの影響が顕著な作品で、冒頭から、暗く陰鬱な音楽が連綿と続き、曲の後半にクライマックスを迎えるが、やがて元の静かな世界に戻ってゆく。時折、弦によって奏されるメランコリックな旋律が何とも魅力的で、忘れがたい印象を残す。

作曲者は、帝政末期のロシアの世情を、曲に重ね合わせたのであろうか。

演奏時間は約22分

【お薦め盤】
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮、ロシア国立交響楽団(ワーナークラシックス)

Myaskovskycd


【追記】
youtubeに演奏が掲載されています。

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