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2007/09/22

リャプノフ  超絶技巧練習曲 

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したセルゲイ・ミハイロヴィチ・リャプノフ(1859~1924)は、バラキレフ門下のロシアの作曲家で、ピアニストや指揮者としても知られている。


Lyapunov


幼少期に母親からピアノの手ほどきを受け、1878年にモスクワ音楽院に入学し、ピアノと作曲を学ぶ。ピアノはリストの門下生であったクリンドヴォルドであり、リャプノフのリスト崇拝は、彼の影響によるところが大きい。また名教師セルゲイ・タネーエフの下で作曲を学ぶが、そこで国民楽派の作風に心酔し、音楽院を卒業した1884年に、「ロシア五人組」の指導者であったバラキレフに学ぶためにペテルブルクへ移る。

やがて、バラキレフ宅に身を寄せた彼は、晩年のバラキレフの忠実な助手として、働きながら作曲の指導を受ける。1893年には、ロシア地理学協会の依頼により、ロシア民謡の収集を行うが、これが彼の作曲に多大な影響を与えることになった。

1910年には、ペテルブルク音楽院の教授に就任するが、やがてロシア革命が勃発。革命後も音楽院教授の任に留まるも、1923年、パリに本拠を移し、ロシア移民のための音楽学校を開設するなど活躍を始めた矢先、翌1924年11月、心臓発作により突然の死を迎えることになった。

作曲家としての彼は、バラキレフら国民楽派の流れをくむ作品を数多く残していて、それぞれ2曲の交響曲、ピアノ協奏曲などが知られている。(バラキレフの『ピアノ協奏曲第2番』の補筆完成や、ピアノの名曲『イスラメイ』の管弦楽版編曲も有名である)

だが、リャプノフの最も得意とした分野はピアノ曲で、優れたピアニストとしても知られていた彼は、数多くの作品を残している。その中で彼の代表作とされているのが、1905年に完成された『超絶技巧練習曲(作品11)』である。

リストを深く尊敬していた彼は、リストの12曲からなる『超絶技巧練習曲』にならい、同じく12曲の曲集を作曲した。リストの使わなかった調性を使ってつくり上げられた曲の数々は誠に素晴らしい仕上がりで、とりわけ第10曲「レズギンカ」が有名だが、他にも叙情的な第5曲「夏の夜」や全曲中もっとも大規模な第12曲「フランツ・リスト追悼の悲歌」など、聴きどころ満載である。

演奏時間は全曲で約70分

下記のCDは1940年代のモノラル録音からの復刻版であり、新録音の登場を切に願っている。

【お薦め盤】
ルイス・ケントナー(パール)

Lyapunovcd


【追記】
youtubeにたくさんの音源が掲載されています。
※下記は第10曲「レズギンカ」です。

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