« 2005年7月 | トップページ | 2005年10月 »

2005年8月

2005/08/21

シャブリエ 楽しい行進曲

19世紀末、パリで活躍したエマニュエル・シャブリエ(1841~1894)は、その生涯の大半は内務省の官吏として勤め、そのかたわらに作曲をしていたというアマチュア音楽家であった。

Chabrier

幼いころからピアノや作曲を学んだが、父親の意向でパリで法律を学び、内務省の公務員となった。しかし彼は、デュパルクやダンディ、フォーレ、ショーソンなどと交わり、音楽活動を続けた。また、セザンヌやモネをはじめ、印象派の画家との親交を持ったことでも知られている。

1880年に、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を観て大いに感銘を受けた彼は、作曲家として生計を立てることを決意し、内務省を退官することを決意。その後、プロの作曲家としてオペレッタやピアノ作品を中心に作品を発表し、1888年には、レジオンドヌール勲章の栄誉にも浴したが、晩年には経済的な問題や家族の死など、心労がかさむとともに、次第に病魔が彼の体を蝕(むしば)み、53歳で没した。

彼の残した作品で、最もポピュラーなものは、1882年に作曲された管弦楽作品、狂詩曲『スペイン』であるが、今回取り上げる『楽しい行進曲』も短いながら、演奏会でもよく取り上げられる名曲である。

1888年にピアノのための『フランス風行進曲』として作曲され、彼自身の手によって管弦楽曲に編曲。曲は酔っ払ったご機嫌な楽師たちが、千鳥足で家路に向かうという光景をユーモアたっぷりに描いたものといわれる。

演奏時間は約4分

【お薦め盤】
シャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団(ロンドン)

Chabriercd


【追記】
youtubeに多くの演奏がアップされています。


ジョン・ウィリアムズ リバティ・ファンファーレ

今回は、『スター・ウォーズ』や『ジョーズ』をはじめとする映画音楽で広くその名を知られるジョン・ウィリアムズ(1932~   )について記す。

Johnwilliams

高校卒業後、カリフォルニア大学ロサンゼルス分校において、亡命イタリア人作曲家のカステルヌオーヴォ=テデスコ(1895~1968)に学んだが、彼が後に映画音楽の道を志す大きな道しるべとなったと思われる。

彼は、無調音楽とジャズを用いた『管楽アンサンブルのためのシンフォニエッタ』をはじめ、交響曲や協奏曲など、純音楽の分野でも多くの作品を発表してしているが、その創作活動の中心は、やはり何といっても映画音楽や祝祭行事のための音楽であろう。

この分野における彼の音楽は、チャイコフスキーやホルストなどの手法を継ぐヒロイックなメロディーやスペクタクルなオーケストレーションが大きな特徴となっていて、特にSFもので聞ける壮大なスケール感は圧倒的で、他の作曲家に与えた影響は計り知れない。

今回取り上げるオーケストラのための『リバティ・ファンファーレ』は、1986年、ニューヨークの「自由の女神(The Statue of Liberty)」の修復完成記念式典において、作曲者の指揮、彼が常任指揮者を務めるボストン・ポップスによって初演された。

トランペットをはじめとする金管群の輝かしいファンファーレに引き続いて、弦楽器による荘重な旋律が奏でられ、やがて両者が一体となってクライマックスに向かって突き進んでゆく。ロサンゼルス・オリンピックの『オリンピック・ファンファーレとテーマ』(1984年)と並ぶ、彼の祝典音楽の傑作である。

演奏時間は約4分半

作曲者の指揮による演奏が、圧倒的に素晴らしい。

【お薦め盤】
ジョン・ウィリアムズ指揮、ボストン・ポップス(フィリップス)

John_williamscd


【追記】
音は良くありませんが、youtubeに映像が掲載されています。
※もちろん演奏は異なります。

2005/08/14

スタンフォード アイルランド狂詩曲第1番

今回は、近代から現代にかけてヒューバート・パリーとともにイギリス音楽の再興のきっかけをつくった音楽家サー・チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード(1852~1924)について記してみたい。

Stanford

アイルランドの首都ダブリンで名家の一人息子として生まれた彼は、両親の影響で幼少期から音楽に親しみ、ヴァイオリンやピアノ、作曲を学んだ。その後ロンドンに渡り、1870年には奨学金を得てケンブリッジ大学で学び、トリニティ・カレッジのオルガニストとしても活躍するようになる。1874年にはドイツに渡り、ライネッケらに師事するが、当時のドイツは、ブラームスやワーグナーに代表されるロマン主義音楽の全盛期にあたり、彼も大きな影響を受けることになった。

1883年にロンドンに王立音楽大学(RCM)が開校すると、その作曲科教授として赴任するとともに、母校ケンブリッジ大学でも音楽部教授として、ホルストやヴォーン=ウィリアムス、ハウェルズをはじめとする数多くの優れた作曲家を育てた。

こうした教育活動の貢献の一方で、イギリスにおいて指揮者として優れた作品の紹介に努めた。彼が取り上げた作品は、ワーグナーやドヴォルザークら海外の優れた作品から、エルガーやパリーをはじめとする同時代のイギリス作品に至るまで、きわめて多岐に及び、以後のイギリス音楽界の発展に果たした役割は計り知れない。

作曲家としては、交響曲(全7曲)や宗教曲などがよく知られているが、母国アイルランド民謡を積極的に取り入れた作品も数多く作曲していて、特に6曲の『アイルランド狂詩曲』は彼の代表作として名高い。今回ご紹介するのは、その中から、1902年に初演された『第1番ニ短調(作品78)』である。(この年、彼は英国王室から「ナイト」に叙されている)

この曲は、ケルト神話の英雄ク・フーリンとその妻エメルの伝説に基づいている。冒頭から金管と打楽器を主体に勇壮な戦闘の音楽が続くが、中間部のアダージョでは弦楽器とハープにより有名なアイルランド民謡『ロンドンデリーの歌』が穏やかに流れる。その旋律を、イングリッシュホルンが受け継ぐ瞬間の美しさは聴きものである。後半では、戦闘の動機と民謡が一体となってクライマックスが築かれてゆく。

なおこの曲は、ドイツの大指揮者のハンス・リヒターに献呈された。

演奏時間は約14分

【お薦め盤】
ヴァーノン・ハンドリー指揮、アルスター管弦楽団(シャンドス)

Stanfordcd


【追記】
youtubeに音源が掲載されています。

« 2005年7月 | トップページ | 2005年10月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Twitter

無料ブログはココログ

Amazon ウィジェット

  • ウィジェット