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2005年4月

2005/04/24

ラッソ 死者のためのミサ曲 

後期ルネサンス期におけるフランドル楽派最大の作曲家オルランド・ディ・ラッソ※(1532~1594)は、生涯に2千曲を超える楽曲を残したことで知られている。※「オルランド・ド・ラッスス」ともいう。

Lassus

現在のベルギーのモンスで生まれ、幼少期から地元の教会合唱団員となった。12歳の時にイタリアに渡り各地の王侯に仕えた後、帰国。1556年にバイエルン候アルブレヒト5世に宮廷音楽家として招聘されて以後は、終生ミュンヘンを拠点に活動した。

1570年以降、イタリア・フランス・ドイツ各地を幾度も訪れ、当時のさまざまな作曲技法に精通していたとされ、特に彼が確立した「ムジカ・レゼルヴァータ」と呼ばれる半音階的和声は、ルネサンス期におけるポリフォニー音楽の最上の表現方法といわれている。その名声は広くヨーロッパに及び、「音楽帝王」「天才オルランド」とも称された。

今回取り上げるのは、代表曲の一つとされる『死者のためのミサ曲』である。彼は生涯に2曲の同名の作品を残していて、それぞれ4声と5声のためにつくられている。1577年に出版された4声のためのミサ曲は、全体が8曲で構成されていて、全編にわたって、各声部が織り成す精緻で豊かな色彩と、そのポリフォニックな変化が殊のほか美しい。

演奏時間は、およそ33分

【お薦め盤】
ヒリヤード・アンサンブル(ECM)

Lassuscd


【追記】
youtubeに、いくつかの音源が掲載されています。(2012年8月19日加筆)


2005/04/17

パガニーニ ネル・コル・ピウ

ヴァイオリンの鬼才、ニコロ・パガニーニ(1782~1840)の出現は、19世紀初頭のヨーロッパ音楽界にとって、大きな衝撃であった。シューベルトは最晩年(といっても、わずか31歳だが・・・)に、愛読書や家財道具を売ってまで演奏会のチケットを手に入れようとしたし、シューマンやリストは、彼の演奏を聴いて音楽家への道を志したといっても過言ではない。

Paganini

「悪魔的」とまでいわれたヴァイオリンの演奏技術について、今日のわれわれは、残された作品によって思いをめぐらすしかないのだが、パガニーニは、その神業ともいえる技巧が模倣されることを極端に恐れ、今日、代表作として知られている無伴奏ヴァイオリンのための『24の奇想曲(作品1)』など一部を除き、作品のほとんどは出版されることなく、作曲者自身の手によって死の直前に焼却されてしまった。

さまざまな経緯を経て、かろうじて生き延びた作品としては、名曲としてしばしば演奏会でも取り上げられる『ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調(作品6)』をはじめとする6曲のヴァイオリン協奏曲や室内楽曲、ギターのためのいくつかの作品がある。

そんな彼の作品の中から、今回は無伴奏ヴァイオリンのための小品『ネル・コル・ピウ』を取り上げてみたい。

正式名称は『パイジェルロの「水車屋の娘(ネル・コル・ピウ)」の「うつろな心」による変奏曲ト長調(作品38)』であるが、あまりにも長過ぎるので通称「ネル・コル・ピウ」と呼ばれている。1820年ころ作曲されたといわれているが、詳細は不明である。

導入部から、協奏曲のカデンツァのように、揺れ動くテンポで情熱的な音楽が奏でられる。続いて主部に入りピチカートの伴奏に乗ってアンダンテのテーマが優雅に歌われるが、変奏部分に入ると、32分音符や64分音符!の連続となる。曲は導入部とテーマ、そこに7つの変奏と終結部が続き、全曲にわたりヴァイオリンの超絶技巧の粋を尽くした、唖然とするほどの名人芸が繰り広げられる。

パガニーニの曲の特徴は、イタリアの青い空のような明るく晴れやかな音楽が、超絶的な名人芸によって奏でられるところに最大の魅力があり、その両者が必然のように同居しているところが素晴らしい。

演奏時間は約8分半

【お薦め盤】
ヴァディム・レーピン(エラート)

Repincd


【追記】
名曲として知られているため、youtubeにも数多くの演奏が掲載されていますが、ここでは「パガニーニの再来」といわれたアッカルドの若き日の貴重な映像をご紹介します。(2010年3月加筆)

クライスラー プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ

今回は、20世紀を代表する世界的ヴァイオリニストのひとり、フリッツ・クライスラー(1875~1962)について述べてみたい。

Kreisler2

ウィーンで生まれた彼は、3歳のころからヴァイオリンを始め、7歳でウィーン音楽院に入学。ヘルメスベルガー2世やブルックナーに師事し首席で卒業。続いて学んだパリ音楽院では、マッサールやドリーブに師事し、ここでも首席で卒業するという早熟の天才であった。その後、イギリスやドイツ、フランスなどを拠点に幅広く演奏活動を行い、世界的な名声を博したことは周知のとおりである。

彼は、ポルタメントを効果的に用いた緩急自在な演奏が大きな特徴で、現在でもいくつかのCDで、その演奏を聴くことができる。

作曲の分野においても、ヴァイオリンの小品を中心に数多くの作品を残していて、『愛の喜び』や『ウィーン奇想曲』、『美しきロスマリン』など、今日演奏会でも取り上げられる機会もきわめて多い。

今回取り上げる『プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ』も、ヴァイオリンとピアノのための演奏会用小品のひとつ。冒頭、マルカートの4分音符のみで提示される全22小節のアレグロ主題は、聴く者の魂を揺さぶるかのような強い意志と悲劇性を帯びている。やがて16分音符を中心にした技巧的な変奏曲が続き、重音を駆使した畳みかけるようなフレーズによって劇的なクライマックスを形づくる。

なおこの作品は、当初、クライスラーが演奏旅行先の図書館で発見したイタリアの作曲家ガエターノ・プニャーニ(1731~1798)の未発表曲の編曲として発表されたが、後にクライスラー自身が自作であると告白し、一大センセーション※を巻き起こした一連の曲のひとつである。※通称「作曲者詐称事件」

演奏時間はおよそ5分半

【お薦め盤】
チョン・キョンファ(Vn)、フィリップ・モル(Pf)(ロンドン)

Kreislercd


【追記】
名曲でもあり、youtubeにも数多くの演奏がアップされています。(2009年12月1日追記)
※演奏者は異なりますが、これも感動的な名演です!


2005/04/16

馬思聡 無伴奏ヴァイオリンソナタ

今回は中国の作曲家、馬思聡(マー・スツォン 1912~1987)を取り上げる。
なお、中国にかかわる作曲家というと、どうしても江文也(1910~1983)の悲劇を語らなければならないが、このことは後日、改めて述べることにしたい。

馬思聡は、中国における初の国際的ヴァイオリニストであり、教育者としての優れた業績とともに、近年は、作曲家としての再評価も著しい。

Masicong

中国の広東省に生まれた彼は、11歳のときにフランスに渡りヴァイオリンを学ぶ。1931年にパリ音楽院でヴァイオリンや作曲を学ぶとともに、中国の伝統音楽の語法を西洋音楽に取り入れた作品を数多く発表した。

その後、帰国して、中央音楽学院で院長の職を務めるが、1966年に文化大革命がはじまると「ブルジョワ思想に染まった反動的権威主義者」とレッテルが貼られ、彼の作品が演奏禁止となるなど迫害を受け、アメリカに亡命する。1985年に名誉回復がなされるが、帰国せず、その2年後アメリカで死去する。75年の波乱にとんだ生涯であった。

近年、今回ご紹介するヴァイオリニストの劉薇(リュウ・ウェイ)氏らの尽力により、フランスやアメリカ、台湾などに散逸していた楽譜がまとめられ、復活演奏されるようになった。

彼は、ヴァイオリンのための作品を中心に、歌劇やバレエ音楽、交響曲など幅広い作品を残していて、その作風は、確かな西洋の近代的語法の中に、中国の民族色(漢民族だけでなく、周辺民族も含む)を巧みに織り交ぜたもので、中でも『無伴奏ヴァイオリンソナタ』は、同時期に作曲された『阿美組曲』などとともに、彼の代表作のひとつである。

全体は3つの楽章からなり、バルトークやイザイ、遠くはJ.S.バッハの作品の延長線上にありながら、随所に中国の伝統音楽(伝統劇)の響きが聞かれる。1974年、亡命先のアメリカで作曲された作品で、母国を追われてもなお、そのアイデンティティに基づく作品を書き続けた彼の心中は、察するに余りある。

演奏時間は約22分

【お薦め盤】
劉薇(AURORA)

Masicongcd


【追記】
ごくごく短いのですが、youtubeで彼の演奏する姿が掲載されています。(2009年2月1日加筆)


2005/04/10

クロンマー 交響曲ニ長調

チェコのモラヴィア出身のフランツ・クロンマー(1759~1831)は、本名を「フランティシェク・ヴィンツェンツ・クラマーシュ」といい、ヴァイオリニストとしても活躍した古典派時代の作曲家であり、当時のチェコ出身の音楽家としては、最も成功した人物といえる。

Krommer

幼少期にオルガンやヴァイオリンを学び、1785年にウィーンに出て、シュトゥルム伯爵家のオーケストラのヴァイオリン奏者として仕える。その後、いくつかの職を経て、1818年からは、ハプスブルク家の宮廷楽長となった。

作曲家としての彼は多作家として知られ、管弦楽曲や室内楽曲、宗教曲など300曲以上の作品を残しているが、現在でも、クラリネットのための協奏曲が、よく演奏されている。

また、生涯に少なくとも9曲の交響曲を残しているとされ、今回ご紹介するのは、「第2番」と呼ばれることもある『交響曲ニ長調(作品40)』、1803年に出版された比較的初期の作品である。

第1楽章の冒頭は、モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』を思わせるニ短調による印象的な序奏で始まり、アレグロ・ヴィヴァーチェの闊達な主部へと続く。以降、モーツァルト風の主題による変奏曲形式の緩徐楽章を経て、勇壮なスケルツォ、軽快なフィナーレで構成される。全編にわたり、ハイドンやベートーヴェンの初期の交響曲を思わせる、みずみずしい魅力にあふれた佳作である。

演奏時間は約28分

【お薦め盤】
マティアス・バーメルト指揮、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ(シャンドス)

Krommercd

2005/04/09

多田武彦 男声合唱組曲『雪国にて』

「タダタケ」の愛称でも知られる多田武彦(ただ・たけひこ、1930~  )は、男声合唱の分野で広く知られている作曲家である。

大阪市生まれ。京都大学在学中、大学の男声合唱団の指揮者として、団の発展に貢献する。また、同じ大阪出身の作曲家である清水脩から多くの示唆(指導・助言)を受けた。

大学卒業後は銀行に勤務しながら、日曜作曲家として多数の作品を発表。1961年、全日本合唱コンクールの課題曲入選に続き、1963年には文部大臣奨励賞を受賞した。銀行を退職した後も、作曲や合唱指導など、全国各地で活躍を続けている。

彼は、これまでに70を超える作品を発表。そのほとんどが男声合唱組曲であり、今回ご紹介する作品も、その中のひとつ、堀口大學(1892~1981)の詩による無伴奏男声4部合唱曲『雪国にて』 である。

この作品は、上智大学グリークラブの委嘱により、1978年に作曲、北村協一の指揮で初演された。
かねてより堀口大學の詩に感銘を受けていた作曲者が、雪国に関する詩から6編を選び、組曲とした。曲は、「関川にて」「或る誕生」「雪の中の歌」「昔の雪」「老雪」「雪中越冬」からなり、第1曲と第6曲にテノールソロが、第3曲にバリトンソロが入る。

僕はかつて、男声合唱組曲『富士山』をはじめ、多田作品をいくつか歌った経験があり、とりわけこの『雪国にて』は大きな感銘を受けた名曲、懐かしい思い出の曲でもある。中でも、5曲目の「老雪(ろうせつ)」は、春が近づき溶けてゆく雪を、老いてゆくわが身に例えて切々と歌われ、全曲の白眉となっている。

「老雪」の歌詞は次のとおり。

北国も弥生半(やよいなか)ばは
雪老いて痩せたりな
つやあせて 香(か)の失(う)せて
わが姿さながらよ
咲く花は 見ずて消ゆ

 堀口大學 詩集『夕の虹』より


現在、初演を担った指揮者とその後輩たち、日本で初の男声合唱団でもある関学グリーによるCDが入手可能であり、機会があればぜひお聴きいただきたいと思う。

演奏時間はおよそ14分


【お薦め盤】
北村協一指揮、関西学院グリークラブ、保坂博光(Ten独唱)(東芝EMI)

Tadacd


【追記】
ご紹介した『雪国にて』ではありませんが、代表作である男声合唱組曲『富士山』を作曲者自身が指揮した映像が、youtubeに掲載されました。(2012年7月8日追記)


2005/04/03

ケテルビー 修道院の庭で

アルバート・ウィリアム・ケテルビー(1875~1959)は、20世紀前半のイギリスで、主に大衆音楽の分野で活躍した作曲家であり、劇場の指揮者やピアニスト、楽譜出版社のエディター、レコード会社のディレクターなど、マルチな才能を発揮した。

Ketelbey

イギリス中部の工業都市バーミンガムに生まれた彼は、幼少期から優れた音楽的才能を発揮し、11歳のときに作曲した『ピアノソナタ』はエルガーに絶賛された。また13歳のとき、奨学金を得てロンドンのトリニティ・カレッジでホルストに師事し才能を認められ、16歳でウィンブルドンにある聖ヨハネ教会のオルガニストに迎えられたという経歴を持つ。

生涯にわたって数多くの作品を作曲し、中には協奏曲や室内楽曲などもあるが、彼が最も本領を発揮したのは、1920年に作曲した『ペルシャの市場にて』に代表されるような、大衆向けの親しみやすいオーケストラのための小品である。

今回取り上げる『修道院の庭で』も、1915年に作曲されたこの分野における代表作のひとつで、「特性的な間奏曲」の副題を持ち、美しい旋律と荘厳な雰囲気をあわせ持った名曲である。(他の多くの作品と同様、わずか1日で作曲されたといわれている)

冒頭、弦楽器による穏やかで美しいメロディーによって、緑豊かな古い修道院の庭の様子が描かれる。(ところどころで加わる水笛の音色が可愛らしい)
続いて、男声合唱による「キリエ・エレイソン(主よ、あわれみ給え)」が流れはじめ、修道僧によるミサの様子が描かれる。曲は、鐘やオルガンの響きが加わってクライマックスを迎え、やがて静寂の中に消えてゆく。

演奏時間は約5分半

【お薦め盤】
ジョン・ランチベリー指揮、フィルハーモニア管弦楽団(EMI)

Ketelbeycd


【追記】
演奏は異なりますが、youtubeに音源が掲載されています。(2009年12月1日加筆)

サラサーテ サパティアード

19世紀を代表するスペインの名ヴァイオリニストであったパブロ・デ・サラサーテ(1844~1908)は、『ツィゴイネルワイゼン』や『カルメン幻想曲』の作曲者としても広く知られている音楽家である。

Sarasate

スペインのバスク地方で生まれた彼は、幼少期からヴァイオリン奏者として活躍し、10歳のときには、時の女王イザベル2世の前で演奏を披露したほどの優れた腕前であった。美しい音色と超絶技巧で知られ、生涯を通して、ヨーロッパ各地はもとより、アメリカやアフリカ、中近東でも演奏活動を行った。

作曲家としては、スペインの民族的要素を取り入れた作品で知られるが、彼の最大の功績?といえるのは、やはりその華麗な演奏に魅了された当時の作曲家たちが、こぞって彼のために作品をつくり、献呈したことにあるといってよいだろう。

サン=サーンスの『序奏とロンド・カプリチオーソ』やラロの『スペイン交響曲』、ブルッフの『スコットランド幻想曲』など、今日でもよく知られている数多くの名曲が、彼のためにつくられ、彼の手で初演されている。多くの音楽家の尊敬と賞賛を集めた彼は、演奏もさることながら、人間的にも魅力的な人物だったに違いない。

今回取り上げる『サパティアード(作品23-2)』は、1880年に出版された「スペイン舞曲集」の中の一曲。
「サパティアード」とは、フラメンコで鳴らす靴音のこと。3連符の連続による印象的なピアノの導入に続いて、独奏ヴァイオリンが超絶技巧を繰り広げるスピード感あふれる曲。短いながらも、聴く者の心を高揚させる不思議な魅力を持つ傑作である。

演奏時間は4分弱

ロシアの名手レーピンをはじめ、優れた演奏は数多いが、僕がはじめてこの曲に接した下記の演奏をお薦めしたい。技巧的にはいまいちかもしれないが、何ともいえない味がある。

【お薦め盤】
エドゥアルド・エルナンデス・アシアイン(Vn)、ヘスス・ガルシア(Pf)(EMI)

Sarasatecd


【追記】
名曲ですので、youtubeにも数多くの音源が掲載されていますが、何とこれはサラサーテ本人の演奏のようです。
おそらく、1903年か1904年、彼が60歳のころとのこと。音は良くありませんが、演奏は素晴らしいです。

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