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2005/02/06

瀧廉太郎 憾(うらみ)

明治の黎明期に彗星のごとく現れ、去っていった音楽家、瀧廉太郎(たき・れんたろう 1879~1903)が、日本の音楽の歴史に果たした偉大な功績については、今さら僕が述べるまでもないだろう。

Takirentaro

東京に生まれ、15歳で東京音楽学校(現在の東京藝術大学)に入学し、作曲とピアノを学び、1900年から「花」「鳩ぽっぽ」「お正月」など、数多くの文部省唱歌を作曲。
1901年に、ドイツのライプツィヒ音楽院に留学したが、すぐに肺結核にかかり、わずか1年ほどで帰国を余儀なくされ、父の古里である大分県で静養するも、1903年、弱冠23歳で逝去した。

このピアノ曲は、彼の残された2曲のピアノ曲のひとつ。
死期を悟った彼が、1903年、死の床で作曲したもので、「憾(うらみ)→心残り、残念という意味」という題名に込められた彼の思いは、察するに余りある。わずか63小節の短い作品であるが、コーダで悔しさをぶつけるように奏される和音の連打は、彼の無念の叫びにも聞こえる。

なお、この作品については、HP上に福岡在住の「さんちろく」氏による優れた分析があるので、ご紹介させていただく。

演奏時間は2分ほど

【お薦め盤】
小川典子(BIS)

Japanese_pianoworks


【追記】

youtubeに演奏があります。(2010年6月19日加筆、2012年9月20日修正)
※演奏者は異なります。

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