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2005年2月

2005/02/27

ペルト パリ・インテルヴァロ(断続する平行)

現代エストニアの作曲家アルヴォ・ペルト(1935~  )は、僕にとっては、どのカテゴリーや楽派にも属さない「孤高の作曲家」というイメージがある。その印象は、彼の独特の風貌や語り口に影響されていることもあるが・・・。

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僕自身、彼の熱心な聴き手ではないので、彼の音楽の持つ特徴や魅力について、この場で自信を持って語ることは残念ながらできない。詳細については、彼のウェブサイト(英語)をご覧いただければ幸いである。

彼の音楽は、一聴するとルネサンス時代の音楽、いやそれ以前の教会音楽のようでもあり、現代のミニマルミュージックに聞こえる瞬間もある。いずれにしても彼の音楽のアイデンティティは宗教音楽、とりわけ東方教会の影響を強く受けていることが挙げられよう。

彼の作品には、『ヨハネ受難曲』(1982)や『スターバト・マーテル』(1985)などのように声楽のために書かれたものが有名であるが、今回ご紹介するのは、オルガン独奏のための『パリ・インテルヴァロ(断続する平行)』(1978~1980)である。

表題は、新約聖書の一書である「ローマ人への手紙」から採られているが、具体的なテクストとして利用されているわけではない。どこがどう魅力的なのか、言葉で説明することは難しいのだが、オルガンによる単調な調べが繰り返しのように響く中、とても根源的で重要なことが、静かに語られているような気がするのだ。僕にとって「魂の音楽」とでもいえようか。

なおこの曲は、後に作曲者により、リコーダーアンサンブル、クラリネットとトロンボーン&弦楽合奏などに編曲されているが、2004年には弦楽と合唱による『ダ・パーチェム・ドミネ(主よ、平和を与えたまえ )』がつくられている。

演奏時間はおよそ6分

【お薦め盤】
クリストファー・バウアーズ=ブロードベント(ECM)

Partcd


【追記】
youtubeに、無伴奏合唱版による演奏が掲載されています。

<無伴奏合唱版>


2005/02/26

兼田敏 吹奏楽のためのパッサカリア 

兼田敏(かねだ・びん 1935~2002)は、日本の吹奏楽界における巨人の一人であり、戦後の吹奏楽の再興期から発展期にかけて多大な貢献をした音楽家である。

Kanebin

中学校のころから、コルネットを通して吹奏楽に親しみ、作曲や編曲も手がけたという。東京藝術大学在学中に、毎日音楽コンクールの作曲部門で2年連続入賞(室内楽部門第2位、管弦楽部門第1位)。1959年、大学卒業後は、精力的に作品を発表するとともに、講師として、多くの優秀なバンドディレクターを育てるなど、日本の吹奏楽界の発展に尽くした。

1971年からは、岐阜大学教育学部音楽科で教鞭を執るが、僕は中学校時代、学校の体育館で行われた音楽鑑賞教室で、彼の指揮する岐阜大学管弦楽団の演奏とトークを聴いた記憶がある。

今回取り上げる『吹奏楽のためのパッサカリア』は、1971年に音楽之友社創立30周年の委嘱作品として作曲された、彼の代表作のひとつ。中学生や高校生が演奏できる範囲の技術で、音楽の楽しみや喜びが味わえる作品をコンセプトに作曲されている。

曲は、ユーフォニアム、チューバ、コントラバスで提示される10小節のパッサカリア主題に基づく18の変奏曲でできている。冒頭、地底から湧き上がるかのような主題が、さまざまな楽器によって形を変え高揚し、やがて壮大なクライマックス(コーダにおける感動的なEs-dur!)を形づくる。「兼田敏」の名を不滅のものとした傑作である。

演奏時間はおよそ6分半

【お薦め盤】
山下一史指揮、東京佼成ウインドオーケストラ(東芝EMI)

Kanebincd


【追記】
youtubeにもいくつかの映像が掲載されています。(2011年2月17日加筆)

ダンディ 地中海の二部作

フランスの作曲家ヴァンサン・ダンディ(1851~1931)は、パリ音楽院でフランクにオルガンや作曲を学び、彼の亡き後、その後継者として師の遺志を受け継ぎ、長きにわたりフランス音楽の精神的支柱として活躍した音楽家である。また彼は、スコラ・カントルムを設立し、サティやルーセルをはじめとする多くの音楽家を育てたことでも知られ、フランスの音楽界に多大な貢献をした。

Dindi_vincent

彼の残した作品は、あらゆる分野にわたっているが、特に管弦楽曲や室内楽曲に優れた作品を数多く残しているが、伝統的形式をまといながら、優美な旋律と詩情にあふれた後期ロマン派の作風が特徴である。また、熱烈なワグネリアンでもあり、『交響的物語「ワレンシュタイン」(作品12)』や『交響変奏曲「イシュタール」(作品42)』などのように、神話や詩作に基づいた作品も多い。

今回取り上げる『地中海の二部作(作品87)』は、1926年、ダンディが75歳のときに初演された3管編成の大オーケストラのための作品で、彼の最後の管弦楽曲となったもの。

曲は「朝の太陽」「夕べの太陽」の2つの曲から構成され、第1曲「朝の太陽」の冒頭、ピアニッシモで奏される全弦楽器による6オクターブにわたるE音が自然が目覚める情景を表し、管楽器やハープが徐々に加わりながら、コーダでは三連符を主体としたシークエンスによる壮大なクライマックスが形づくられる。

続く第2曲「夕べの太陽」は、全楽器による嬰ハ長調の和音が、まばゆいばかりに光輝く地中海の情景を表現。4小節目に現れるホルンとトランペットのソロによる美しく雄大な主要主題が殊に印象的で、曲全体のムードを支配する。曲が進むにつれ穏やかになり、やがてホ長調の海に消えてゆく。

演奏時間はおよそ16分

【お薦め盤】
ジョルジュ・プレートル指揮、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団(EMI)

Dindi_vincentcd


【追記】
youtubeに音源が掲載されています。(2011年3月加筆)

2005/02/20

訪れていただいた方、そして僕自身へ

このブログで、僕はこれまでに100を優に超える作品を取り上げてきた。

作曲家の人選や選曲にあたっては、お気に入りの曲、ぜひ聴いておきたい曲を、有名無名を問わず選んできたつもりであるが、正直これがなかなか難しい。どうしても他人の目を意識してしまうからだ。

世の中には、(世評とは別として)僕の心には一向に響かない曲(決して嫌いというわけではない)がある。何度も何度も聴いて、好きになろうと努力はするのだが・・・。残念なことだが、事実だから致し方ない。 それをどうして他人に薦めることなどできようか。それをしてしまっては「おしまい」である。

こんな選曲をすれば「さすが!」と思われるのではないか・・・、またそう思われたいという気持ちが、心の片隅に確かにある。本当に厄介なことだ。 だが、自分の本心とかけ離れた記事を書いてしまったなら、何のためにわざわざこのサイトを開設し、時間と労力を注ぎ込んでいるのか、わからなくなってしまう。

一体、それにどんな意義があるというのだろう・・・。まさしく自分への背信行為ではないか。

つまらぬ虚栄心を満たすために、心まで偽って、この大切なブログを汚したくはない。
このブログの目的の第一義が自己満足であったにせよ、世間様に自分の意見を晒(さら)すには、それなりの覚悟と責任がいる。

これからも初心を忘れず、自分の良心に従い、誠実に取り組んでいくことを、改めて、ここに誓う。

「ここで紹介する内容に偽りはない。心から自信を持ってお薦めできるものばかりである」

ご覧いただいている方には、心から感謝申し上げたい。


管理人 拝

2005/02/19

山田耕筰 交響詩『曼陀羅の華』

日本における西洋音楽の草分け的存在であり、国際的にも幅広く活躍した音楽家、山田耕筰(やまだ・こうさく、1885~1965)の名を知らない人は、おそらくいないだろう。
彼は作曲家や指揮者としてだけでなく、学校の教科書や専門書を数多く著すなど、日本の音楽教育の発展に多大な功績を残している。

Yamada

作曲家としては、歌劇やオーケストラ曲をはじめ、室内楽曲やピアノ曲など、幅広い分野で作品を残しているが、何といっても、歌曲における優れた業績は特筆すべきものがあり、『赤とんぼ』や『待ちぼうけ』などの童謡をはじめ、三木露風や北原白秋との共作により、数多くの優れた芸術歌曲を残している。

彼は、日本語の持つ抑揚(それはあくまで、関東地方のアクセントであるが)を、そのままメロディーに乗せることを重要視していて、その代表的な例といえるのが、名曲『からたちの花』である。

13歳のとき、姉の夫となった英国人のエドワード・ガントレット(日本にエスペラント語を紹介した人物でもある)から西洋音楽や英語、速記術などを学ぶうちに音楽家になることを決意し、1904年、東京音楽学校(後の東京藝術大学)に入学、1908年に卒業する。

その後、三菱財閥の四代目総帥であった岩崎小弥太(弥太郎の甥)の知遇と経済面での援助を得て、1910年、ベルリン音楽学校に留学し、ブルッフやフンパーディンクなどに作曲を学ぶ。
1912年には日本人初の交響曲となる『かちどきと平和』などを作曲するが、本人としては、この留学経験は必ずしも十分に満足のいくものではなかったようである。

しかし、1913年の暮れ、日本へ帰国の途上、モスクワに立ち寄った際、モスクワ大学の学生が弾いたスクリャービンの『詩曲』に強い衝撃を受ける。彼の『自伝 若き日の狂詩曲』(中公文庫)には、そのときの衝撃が、次のように記されている。

スクリャァビンの音楽。それは私を烈しく撃った。が、彼の描く音楽の世界には、なぜか私自身も住めるような気がするのだ。その音のなかには私の顔も映るのである。(原文ママ)

ベルリンで学び、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスなどの音楽に親しみながらも、何か違和感を否めなかったといわれる彼が、この出来事をきっかけに、後年、『スクリアビンに捧ぐる曲』というピアノ曲を作曲するほど、スクリャービンに傾倒することになるのである。(残念ながら、両者がまみえる機会はなかった)

さて、今回取り上げる『曼陀羅の華』は、1913年、留学先のベルリンで作曲され、翌年、作曲者の指揮により日本で初演された交響詩であるが、ハープのグリッサンドからはじまる導入部から、まるでスクリャービンの『法悦の詩』のような音世界が繰り広げられる。作曲当時、スクリャービンの音楽に触れる機会はなかったと思われるが、山田耕筰の持つ音楽的志向が、無意識のうちに現れたものであり、非常に興味深い。

曲は、作曲者の親友であった画家、斎藤桂三(さいとう・かぞう)が父の死を予感して書いた詩にインスピレーションを得て書かれたもので、彼のオーケストラ作品の中では最も親しみやすく、演奏会でもたびたび取り上げられている佳作である。

演奏時間は約8分

【お薦め盤】
外山雄三指揮、NHK交響楽団(CBSソニー)

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2005/02/13

バルトーク 舞踏組曲

ハンガリーを代表する作曲家ベラ・バルトーク(1881~1945)は、民族的かつ現代的な語法による優れた作品を数多く発表し、現代音楽の分野に多大な影響を与えた。また、民族音楽の研究者としても大きな業績を残していて、その研究範囲は自国のみならず、東ヨーロッパ、アフリカにまで及んでいる。

Bartok

作品は、歌劇、管弦楽曲、協奏曲、室内楽、ピアノ曲など多岐にわたり、代表作としては『管弦楽のための協奏曲』や6曲の弦楽四重奏曲などがあげられる。

それまで欧米では、ハンガリーの音楽というとブラームスの『ハンガリー舞曲』のように、遊牧民であるジプシー(ロマ)族の音楽が、その象徴であるかのように言われてきたが、それはハンガリー人にとっては全く本意ではなかった。
バルトークは、コダーイとともに国内各地の農村で膨大な民謡を収集し、本来のハンガリーの民族音楽とはどういうものかを発掘・研究・定義した。

彼の作風は、こうした長年の研究の成果の基に生まれていて、特に、彼独自の語法を確立した1920年前後の作品にみられる原初的な響きは、ハンガリー民謡のイディオムを、当時の最先端の手法で表現しようという試みである。

今回取り上げる『舞踏組曲』も、そうした時期の代表的な作品で、1923年、ブダ市とペスト市の合併50周年を記念して作曲された。

全体は6つの曲で構成されていて、それぞれの曲間を、バロック音楽の手法のひとつである「リトルネッロ」と呼ぶ間奏で繋ぐ形式をとっている。祝典音楽として作曲されたこともあり、民族的な要素を取り入れながら、ラディカルで華やかな雰囲気を持つ名曲である。

演奏時間はおよそ17分

【お薦め盤】
ピエール・ブーレーズ指揮、シカゴ交響楽団(グラモフォン)

Bartokcd


【追記】
youtubeに多くの映像が掲載されています。(2009年2月1日加筆)

エロルド 歌劇『ザンパ』序曲

ルイ・ジョゼフ・フェルディナン・エロルド※(1791~1833)は、19世紀前半のフランスの作曲家で、主にオペラ・コミックの分野で活躍したことで知られている。 ※「エロール」ともいう。

Herold

音楽家の家系に生まれた彼は、パリ音楽院で作曲やヴァイオリンを学び、1812年にはローマ大賞を獲得するほどの才能の持ち主であった。20代前半には、交響曲(2曲)や弦楽四重奏曲(3曲)なども作曲しているが、中心となるのは歌劇やバレエといった舞台音楽であり、特に歌劇の分野においては、42年という決して長くない生涯で22曲もの作品を残している。

彼の全作品の中で最もよく知られているのが、1831年に作曲され、1833年にパリのオペラ・コミック座で初演された歌劇『ザンパ』(別名:大理石の許婚)である。「ザンパ」とは、イタリアの海賊の名前で、女性をめぐる騒動がストーリーの中心である。今日では本編が演奏される機会は皆無と言ってよいが、この序曲だけは別格で、次々とメドレーのように繰り出される音楽は、聴く者の心を捕らえて放さない魅力を持っている。

曲は、6つの部分から構成される。冒頭、フォルティッシモで奏されるアレグロ・ヴィヴァーチェの主題が、聴衆を一気に物語の世界へ引き込む。中間部で、ヴァイオリンとフルート、オーボエにより軽やかに歌われる旋律が、かつてNHKFMのクラシック音楽番組「朝の名曲」のテーマ音楽として使用されていたので、ご存知の方も多いのではないかと思う。

演奏時間は、約8分半

【お薦め盤】
ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団(RCA)

Heroldcd


【追記】
名曲でもあり、youtubeにも多くの映像が掲載されています。(2009年2月1日加筆)

2005/02/12

オッフェンバック 大管弦楽のための序曲

『天国と地獄』や『美しきエレーヌ』などのオペレッタの作曲家として知られるジャック・オッフェンバック(1819~1880)は、ドイツのケルンに生まれ、後にフランスに帰化した音楽家である。

Offenbach

幼少期に音楽教師であった父に音楽の手ほどきを受けるが、1933年に、父や兄とともにパリへと赴き、パリ音楽院でチェロを学んだ。その後、オペラ・コミック座のチェリストになり、チェロ奏者として名声を高め、1840年代前半には、リストやメンデルスゾーン、ヨアヒムらとも共演を行ったと伝わる。

彼はチェリストとして活躍の一方で、名教師のジャック・アレヴィに作曲を学ぶとともに、1855年からは、「ブッフ・パリジャン」という劇場を主宰し、自作のオペレッタを上演し、その社会批判や風刺に富んだ内容が評判を呼んだ。

多作家の彼は、生涯に100曲を超えるオペレッタを作曲しているが、そのほとんどは、現在も忘れ去られたままなのが誠に残念である。また、作曲家としてのキャリアの初期には、独奏チェロを含む作品を中心に、いくつかのオーケストラ曲を残していて、今回ご紹介する『大管弦楽のための序曲』も、そうした一曲である。

1843年に、故郷のケルンで初演されたこの作品は、後のオペレッタの特徴である美しいメロディーや軽快なリズムが聞かれる佳作であり、特に、ヴァイオリンによって奏される焦燥感を持ったドラマチックな第1主題が魅力的である。

演奏時間はおよそ8分半

【お薦め盤】
エーリッヒ・クンツェル指揮、シンシナティ交響楽団(RCA)

Offenbachcd


パリー エルサレム

サー・チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・パリー(1848~1918)は、スタンフォードやエルガー、ブリテンらの先輩格にあたり、近代におけるイギリス音楽再興の祖として知られている存在である。

Parry

彼は、若いころは保険会社として知られるロイズで働きながら作曲を続けたという変わり種で、1884年、ロンドンの王立音楽大学が設立されるとその教授に迎えられ、のちに学長に就任するとともに、オックスフォード大学音楽科の教授も兼ねるという、きわめて多忙な地位にあったため、作曲には十分な時間がとれなかった。
しかし、ヴォーン・ウィリアムズやホルストらを育てたことからも分かるとおり、きわめて優秀な教育者であった。

彼は、5曲の交響曲や合唱曲など、ドイツ・ロマン派の影響を受けた作品を残していて、生涯ブラームスを尊敬し、その死にあたっては『ブラームスへの哀歌(エレジー)』という作品を捧げている。

この合唱曲『エルサレム』は、彼の晩年、1916年に作曲され、「正義のための戦い」運動の中で発表された作品で、やがて当時の参政権拡張運動の中で歌い継がれていく。彼の作品の中で、最も知られている曲である。

歌われる詩は、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの長詩『ミルトン』の序詞であり、イエス・キリストが古代のイングランドに来たという伝説に基づき、「祖国イングランドの地に、エルサレムを打ち立てよう」という内容を歌う愛国的要素の強い曲である。

毎年夏に、ロンドンのロイヤル・アルバートホール等で開催される「プロムス」のラストナイトコンサートの定番曲でもあり、英国人であれば誰でも知っている「第2の国歌」とも呼べる曲である。

なお、現在この曲は、原曲のオルガン伴奏ではなく、エルガーが壮大なオーケストレーションを施したものが、よく演奏されている。

演奏時間は3分弱。

【お薦め盤】
ロジャー・ノリントン指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団及び合唱団(ロンドン)

Englandcd


【追記】
youtubeにも、数多くの演奏が掲載されています。(2009年2月1日加筆)

2005/02/11

黛敏郎 無伴奏チェロのための『BUNRAKU』

戦後日本を代表する作曲家のひとりである黛敏郎(まゆずみ・としろう 1929~1997)は、東京音楽学校を経てパリ音楽院で学び、帰国後は、芥川也寸志や團伊玖磨とともに「三人の会」を結成するなど、現代音楽界の俊英として活躍した。

Mayuzumi

彼は、ガムランをはじめ、ジャズや電子音楽にいたるまで、さまざまな分野の音楽に没頭し、それらの影響を受けた作品を残していて、代表作には、梵鐘の音をコンピューターで分析しオーケストラで再現した『涅槃交響曲』や三島由紀夫の小説に基づくオペラ『金閣寺』などがある。一般には、日本テレビのスポーツ番組のテーマ曲でもある『スポーツ行進曲』が名高い。

また彼は、テレビ番組「題名のない音楽会」の初代司会者としても知られ、僕自身、この番組を通じて、彼から受けた知識や影響は計り知れないものがある。

今回取り上げる、無伴奏チェロのための『BUNRAKU』は、1960年に、倉敷の大原美術館30周年記念行事にために作曲され、大原総一郎に捧げられたもので、日本の三大芸能のひとつである「文楽(人形浄瑠璃)」の世界を、西洋楽器であるチェロにリダクションしようという試みである。

全体は3つの部分からなるが、太棹三味線のバチさばきや義太夫節の微妙な節回しを、チェロの超絶技巧を効果的に用いて表現していて、きわめて強い緊張感を持った音楽が展開される。

「古典」を高度に追求することが、転じて、前衛的・革新的創造の実践にもつながっているという典型例である。

演奏時間はおよそ9分半

【お薦め盤】
岩崎洸(EMI)

Mayuzumicd


【追記】
youtubeにも数多くの音源が掲載されています。


2005/02/06

瀧廉太郎 憾(うらみ)

明治の黎明期に彗星のごとく現れ、去っていった音楽家、瀧廉太郎(たき・れんたろう 1879~1903)が、日本の音楽の歴史に果たした偉大な功績については、今さら僕が述べるまでもないだろう。

Takirentaro

東京に生まれ、15歳で東京音楽学校(現在の東京藝術大学)に入学し、作曲とピアノを学び、1900年から「花」「鳩ぽっぽ」「お正月」など、数多くの文部省唱歌を作曲。
1901年に、ドイツのライプツィヒ音楽院に留学したが、すぐに肺結核にかかり、わずか1年ほどで帰国を余儀なくされ、父の古里である大分県で静養するも、1903年、弱冠23歳で逝去した。

このピアノ曲は、彼の残された2曲のピアノ曲のひとつ。
死期を悟った彼が、1903年、死の床で作曲したもので、「憾(うらみ)→心残り、残念という意味」という題名に込められた彼の思いは、察するに余りある。わずか63小節の短い作品であるが、コーダで悔しさをぶつけるように奏される和音の連打は、彼の無念の叫びにも聞こえる。

なお、この作品については、HP上に福岡在住の「さんちろく」氏による優れた分析があるので、ご紹介させていただく。

演奏時間は2分ほど

【お薦め盤】
小川典子(BIS)

Japanese_pianoworks


【追記】

youtubeに演奏があります。(2010年6月19日加筆、2012年9月20日修正)
※演奏者は異なります。

2005/02/05

矢代秋雄 ピアノ協奏曲

日本が生んだ代表的作曲家である矢代秋雄(やしろ・あきお、1929~1976)は、東京藝術大学を経て、パリ国立高等音楽院で学んだ俊才で、帰国後は母校の作曲科主任教授として、後進の指導にあたったが、惜しくも46歳の若さで急逝した。

Yashiro

学生時代に橋本國彦や池内友次郎に学んだことから、近代フランス音楽の語法に強く惹かれ、パリに留学しさらに研鑽を積んだ。彼の音楽の特徴は、古典的な形式の中に、十分に推敲され、磨き上げられ、それがフランス風のエスプリまでも感じさせるところが素晴らしい。

厳しい自己批判ゆえに残された作品は数少なく、1958年に作曲された『交響曲』がよく知られるが、1964年から1967年にかけて作曲された『ピアノ協奏曲』も代表作のひとつであり、演奏会でもよく取り上げられている。※実は、若いころ(1947年)に作曲した未発表の『ピアノ協奏曲』がもう1曲存在する。

曲は3つの楽章からなり、主題は12音技法によっているが、展開は古典的な形式に従っていることから、当時の現代音楽の作品としては聴きやすい部類に入る。

特に「アダージョ・ミステリオーソ」と指示された第2楽章は、作曲者が幼いころによく体験した「明け方の悪夢」を表現したものとされていて、ピアノによるC音のオスティナートが延々と奏でられながら、曲の後半では全楽器による圧倒的なクライマックスを形づくり、全曲の中で最も強い印象を残す。

現代日本を代表する、紛れもない傑作のひとつであると思う。

演奏時間は約27分

いくつもCDが出ているが、まずは初演者でもあり作曲者と親交が深かった中村紘子の演奏で聴いてみたい。

【お薦め盤】
中村紘子(Pf)、若杉弘指揮、東京都交響楽団(SONY)

Yashirocd


【追記】
youtubeに音源が掲載されました。(2009年12月加筆)
※演奏は異なります。


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