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2004年12月

2004/12/31

ヴェルディ 聖歌四篇

『リゴレット』や『椿姫』をはじめとする数多くの傑作オペラで知られる近代イタリアを代表する大作曲家であるジュゼッペ・ヴェルディ(1813~1901)は、宗教音楽の分野でも優れた仕事を残している。

Verdi

その代表作といえるのが1874年に作曲した『レクイエム』であることは誰もが認めるところであるが、今回取り上げる『聖歌四篇』も、それに勝るとも劣らない名曲である。

ヴェルディ唯一の喜劇であり、最後のオペラ作品となった『ファルスタッフ』の完成に前後して、生涯の最後に取り組んだのが、この宗教曲群である。それぞれが独立した楽曲として作曲されたもので、次の4曲からなる。

1 アヴェ・マリア (無伴奏混声四部合唱)
2 スターバト・マーテル (管弦楽を伴う混声四部合唱)
3 聖母マリアへの讃歌 (無伴奏女声四部合唱)
4 テ・デウム (管弦楽伴奏による2群の混声四部合唱)

これらの4曲は、もともと彼自身の「信仰告白」として作曲したものであり、公のコンサートで披露することに乗り気でなかったが、盟友ボーイトの熱心な勧めにより、第1曲「アヴェ・マリア」を除き、1898年、パリのオペラ座で初演された。

4曲それぞれ編成が異なり、個性的でありながらも、不思議な統一感を持っていて、第1曲と第3曲に流れる深い叙情性、第2曲と第4曲の劇的な表現が聴きどころのひとつとなっている。いずれも甲乙付けがたい名曲ぞろいだが、僕は、「謎の音階に基づく」という副題を持つ第1曲「アヴェ・マリア」の静謐な祈りの調べに、強く心惹(ひ)かれる。

演奏時間は4曲で約40分

CDは、日本レコードアカデミー賞を受賞したムーティの名演奏にとどめをさす。

【お薦め盤】
リッカルド・ムーティ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団及びスウェーデン放送合唱団、ストックホルム室内合唱団(東芝EMI)

Verdicd


【追記】
youtubeには多くの音源が掲載されています。
※下記は「アヴェ・マリア」の演奏です。

2004/12/25

ケージ ある風景の中で

現代アメリカの作曲家ジョン・ケージ(1912~1992)は、「不確定性の音楽」や「偶然性の音楽」など、独自の音楽理論や表現を使って、新しい音楽の世界を切り開いた。また彼は、詩人や思想家・キノコ研究家など多彩な顔を持つことでも知られる。

Johncage

彼は、1930年にパリで建築を学び、作曲も始めるが翌年帰国。1934年からは、南カリフォルニア大学においてシェーンベルクのクラスで2年間、作曲を学んだ。

1940年、ピアノの弦にゴムや木片などの異物を挟み、さまざまな音色を奏でる「プリペアード・ピアノ」を考案。後に、彼の代表作である『プリペアード・ピアノのためのソナタとインターリュード』を作曲した。
また、1952年には、ピアノ奏者(?)がステージに登場するが、結局、何もしないで終わるという「無音の音楽」として名高い『4分33秒』を発表。物議を醸したことで、彼の名が一躍世界に広まったことは有名である。

そんな彼が、1948年に作曲した『ある風景の中で(In a Landscape)』は、ピアノまたはハープの独奏のための作品で、上記のような彼のイメージとは全く異なり、まるで印象派の作品のような、透明で美しい夢の世界が広がる。
すでに前衛音楽家として活躍していた彼が、なぜこのような曲を作曲したのか、非常に興味深いものがある。

演奏時間はおよそ8分

【お薦め盤】
マーガレット・レン・タン(New Albion)

「アヴァンギャルドの女王」による妖しくも美しいピアノソロ集。ケージのピアノ曲の入門盤としても、ぜひお聴きいただきたい。

Cagecd

趙詠華の「風的顔色」 

今回は少し趣向を変えて、台湾の歌手、趙詠華(シンディ・チャオ)について記してみたい。


僕がこの歌手を知るきっかけとなったのは、10年近く前、旅行で中国の上海を訪れた時、空港のテレビで偶然見かけたプロモーションビデオである。

そこで歌っている歌手の美しさ、そして何より歌の素晴らしさに強く惹きつけられ、夢中でその歌手の名前などを書き取ろうとしたが、「趙○華」らしき名前と「我〜故事」の文字を何とか確認できただけだった。またその書き留めたはずの文字にも確信はなかった…。

中国語の歌だったので、帰国後、名古屋のタワーレコードやHMVなどのCDショップで、ワールドミュージックのコーナーを根気よく探してみたが見つからず、ようやく「趙詠華」という歌手がいることを探し当てても、東京のショップにさえ彼女のCDは置いてあるところはなかった。現在のようにインターネットが発達していれば、それほどの苦労もなかったかもしれない。

そんなこんなで半ば諦めの境地にいたのであるが、数年後、シンガポールにでかけた際、偶然に立ち寄ったHMVで彼女のCDを数多く発見!その中に上記の曲らしき曲名が書かれたCDがあったため、すぐさま購入した。

帰国後、期待を込めてかけたCDプレーヤーから流れてきたのはまさしくあの曲であった。懐かしく、たまらなく美しいメロディーとその歌声に歓喜したのを、昨日のことのように記憶している。ちなみに『我們的故事』とは、「私たちの物語」とでも邦訳すべきか。

趙詠華は、1967年生まれの女性歌手。一時期、その容姿から「台湾の鈴木保奈美」とも呼ばれていたこともあるようだ。これまでに十数枚のアルバムを発表していて、日本での知名度は低いが、台湾では実力派歌手として知られている。

彼女にとって11枚目となる「風的顔色」と題されたこのCDには、上記の『我們的故事』もさることながら、『像我這樣的女人』や『推開貼近』『傷害我 你快樂嗎』など、バラエティに富んだ名曲が収められている。サウンドも日本のポップスに比べて全く遜色なく、そのシルキーで薄くハスキーが乗った声質は、圧倒的な歌唱力を伴ってこの上なく、中国語の美しさを再認識させるのに十分なものである。

一人でも多くの聴いてもらいたくて、この機会に紹介させていただく次第である。


趙詠華「風的顔色」(ポリドール)

CD番号 529 847-2 1996年発売

Cyndycd


【追記】
曲は違いますが、youtubeに彼女の曲がいくつも掲載されています。ぜひお聴きください。(2008年2月加筆)


2004/12/23

アーン 恍惚のとき

ドイツ人の父とバスク系スペイン人の母の子としてベネズエラで生まれたレイナルド・アーン(1875~1947)は、第1次世界大戦前後のフランス、いわゆる「ベル・エポック時代」の作曲家として活躍した。『失われた時を求めて』で有名な作家、プルーストと深い親交があったことでも有名である。

Hahn

外交官であった父の影響で幼少期から音楽に親しみ、3歳のときに家族とパリに移住する。
1885年、パリ音楽院に入学し、マスネやサン=サーンスらに師事するとともに、上流社交界のサロンでは、持ち前の美声で自作やシューベルト、フォーレの歌曲を弾き語りする天才少年として名を知られるようになる。

後に彼はフランスに帰化し、1934年からフィガロ紙の音楽批評を担当した後、1945年には、パリ・オペラ座の監督に就任するなど、幅広く活躍した。

生涯に、歌劇やバレエ音楽をはじめ、協奏曲や室内楽曲、ピアノ曲などあらゆる分野で数多くの作品を残したが、そのほとんどは、未だ顧みられることはないのが残念である。今日、最も知られている作品はサロン時代の歌曲、中でも1887年、15歳のときに作曲したヴィクトル・ユーゴーの詩による歌曲『私の詩に翼があったなら』である。

今回、ぜひご紹介したいのは、アーンが16~19歳の時にポール・ヴェルレーヌの詩に作曲した7曲からなる歌曲集『灰色の歌』の第5曲「恍惚のとき(L’heure exquise)」である。

それにしても、何と美しく、気品のある曲だろう・・・、僕がこの曲を初めて聴いたのは、慶應義塾ワグネルソサエティ男声合唱団の演奏会だったが、すぐにこの曲の虜になってしまった思い出がある。ピアノが曲を先導する役割を担っていて、アーチを描くような2小節のフレーズの繰り返しが、色彩をさまざまに変化させながら、至福の世界を描いてゆく。

20歳に満たない青年の作とは信じられない、まさに奇跡の作品である。

次に歌詞の一部を示す。

白い月が 森の中で輝いている
枝々から もれるささやき
葉むらの陰に

おお、愛する人よ

深い鏡のような池が 風がすすり泣く
ヤナギの影を 水面に映している

さあ、夢見よう、この妙なる時間に(以下。続く)

演奏時間はおよそ2分半

【お薦め盤】
スーザン・グラハム(Ms)、ロジャー・ヴィニョーレス(Pf)

※なお、この演奏では、原曲(ロ長調)を嬰ハ長調に移調して歌っている。

Hahncd


【追記】
youtubeに音源が掲載されています。(2009年12月1日加筆)


他にも、人気のカウンターテノール歌手、フィリップ・ジャルスキーの名唱が掲載されています。
こちらもぜひ。

2004/12/19

リャードフ 前奏曲ロ短調

近代ロシアの作曲家アナトーリ・リャードフ(1855~1914)は、指揮者であった父親の指導の下、幼いころより優れた楽才を示し、15歳でペテルブルク音楽院に入学、リムスキー=コルサコフに作曲を学んだ。卒業後は母校で教鞭をとり、プロコフィエフやミャスコフスキーなどの優秀な音楽家を育てた。
また、ロシア地理協会の委託を受けて、ロシア民謡の収集に努め、全3巻に及ぶ『ロシア民謡大全』を編纂するという偉大な業績を残している。

Lyadov

彼の作品の多くは管弦楽曲やピアノ曲の小品であり、生涯、オペラや交響曲など規模の大きな作品を手がけることはなかったといわれる。

代表作には、『バーバ・ヤガー(作品56)』『魔法にかけられた湖(作品62)』『キキモラ(作品63)』など、ロシアの神話や民話に基づく交響詩や、ピアノ曲『音楽の玉手箱(作品32)』などがあり、演奏会でも、たびたび取り上げられる。

今回ご紹介する『前奏曲ロ短調』は、1885年に作曲されたピアノのための『3つの小品(作品11)』の第1曲。曲は4分の2拍子だが、左手は終始、1拍を3連符で演奏するため、右手の2拍子のメロディーとのズレが生じ、悲しみを帯びた曲想と相まって、まるで微妙に揺れ動く心情を描いているかのように聞こえる。

ショパンの影響が伺えるものの、それ以上にロシア音楽特有のメランコリーを感じさせる佳作であり、人気が高い。

演奏時間は3分前後

【お薦め盤】
ウラジーミル・トロップ(DENON)

Russiancd


【追記】
youtubeに、いくつも演奏が掲載されています。(2009年12月1日加筆)
※演奏は異なります。

2004/12/12

ベルク 管弦楽のための3つの小品 

オーストリアの作曲家アルバン・ベルク(1885~1935)は、シェーンベルクやヴェーベルンとともに新ウィーン楽派の代表的人物であり、無調音楽や十二音技法を開拓・確立した、いわゆる前衛的な現代音楽の旗手のひとりである。

Alban_berg

代表作には、2つの歌劇『ヴォツェック』『ルル』や『ヴァイオリン協奏曲』『室内協奏曲』などがあるが、残された作品の数は決して多くはない。

無調や十二音技法の中にも調性の香りがただよう彼の作風は、僕にとって、他の2人に比べ親しみが持て、人間の血がかよった音楽として聴くことができる。

今回ご紹介する『管弦楽のための3つの小品(作品6)』は、彼の唯一の管弦楽曲。
作曲は1914年ころから取りかかっていたが、全曲が完成・初演されるのは、1930年、彼が45歳(死の5年前)のときである。
曲は4管編成で書かれ、「前奏曲」「ロンド」「行進曲」3つの曲からなるが、第2曲「ロンド」は、交響曲でいうスケルツォと緩徐楽章の部分でできていて、4楽章の交響曲とみなすこともできる。

無調の曲ではあるが、きわめて幻想的であり、叙情性を感じさせる部分や劇的に盛り上がる部分は、マーラーの交響曲との類似性を強く感じさせる。

演奏時間は約20分

この作品が、後期ロマン派の延長線上の作品であることを気付かせてくれた、魅力的な演奏をご紹介する。

【お薦め盤】
ジェイムズ・レヴァイン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(グラモフォン)

Bergetccd


【追記】
演奏は異なりますが、youtubeに演奏が掲載されています。(2010年2月10日加筆)

ヴュータン ヴィオラとピアノのためのエレジー(悲歌)

ベルギー派の名ヴァイオリニストであるアンリ・ヴュータン(1820~1881)は、フランスに拠点を置き、ヨーロッパ各地やアメリカで演奏旅行を行うとともに、後年は母国のブリュッセル音楽院で教鞭をとり、フバイやイザイなどの名演奏家を育てたことでも知られる。

Vieuxtemps

幼少期からヴァイオリン演奏に顕著な才能を示し、すでに10代のころから「パガニー二を凌(しの)ぐ」とまで言われるほどであったが、多忙な演奏活動の傍ら、彼は作曲家を志し、ジーモン・ゼヒターやアントン・ライヒャに作曲を学んだ。

シューマンやベルリオーズをはじめとする作曲家たちとの交流、圧倒的な技巧に裏打ちされたヴァイオリニストとしての演奏活動、母国ベルギーやロシアにおける教育活動など、めざましい活躍を続けた。
晩年は脳卒中のため半身不随になるなど、失意の日々を送ることになったが、彼が音楽史に残した功績はきわめて大きい。

作曲家としては、7曲のヴァイオリン協奏曲(特に『第5番イ短調(作品37)』が有名)をはじめ、ヴァイオリン曲を中心に残されているが、今回ご紹介するのは、1854年ころ、ヴィオラとピアノのために作曲された『エレジーヘ短調(作品30)』である。

冒頭、ピアノの8分音符による憂鬱な和音に導かれ、ヴィオラが悲しみの旋律を奏でる。やがて変イ長調に転じ、連続するピアノの6連符が印象的な、晴れやかなエピソードが続くが、やがて冒頭の主題に回帰していく。
ヴィオラの特性を存分に生かした、魅力的な傑作である。

演奏時間は約7分

【お薦め盤】
ロベルト・ディアス(Vla)、ロバート・ケーニッグ(Pf)(ナクソス)

Vieuxtempscd


【追記】
youtubeにも数多くの演奏が掲載されています。(2009年2月1日加筆)

ラフマニノフ 弦楽四重奏曲第1番

近代ロシアの大作曲家セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ(1873~1943)は、チャイコフスキーの流れをくむ、いわゆる「モスクワ楽派」の代表格として、数多くの名曲を残している。また生前は、名ピアニストとしても活躍し、その演奏は今でもCDで聴くことができる。

Rachmaninov

貴族の家庭に生まれた彼は、幼少期より優れた音楽の才能を示しピアノを学ぶことになったが、9歳のときに一家が破産し、両親は離婚。母方に引き取られた彼は、奨学金を得てペテルブルク音楽院に入学する。

やがて、従兄弟の名ピアニスト、ジロティに勧められモスクワ音楽院で学ぶことになり、1891年にピアノ科を首席で卒業。将来を期待されるが、1897年、満を持して発表した『交響曲第1番ニ短調』の記録的な大失敗により心を病んでしまい、ついには作曲もできなくなってしまう。
精神科医であったダール博士の治療により、代表作となる『ピアノ協奏曲第2番ハ短調』などを書き上げ、スランプを脱出するのは、1901年になってからである。

今回ご紹介する『弦楽四重奏曲第1番』は、かつて『弦楽四重奏のための2つの楽章』とも呼ばれた作品である。
1889年、彼がまだモスクワ音楽院時代、師のタネーエフの課題として作曲されたもので、2つの楽章、「ロマンス(ト短調)」と「スケルツォ(ニ長調)」のみが残されている。
習作ではあるが、「ロマンス」で聴かれる哀愁(タスカー)を帯びた美しい旋律は十分に魅力的だし、「スケルツォ」も、メンデルスゾーン風の瑞々しさに溢れている。

ちなみに、彼の弦楽四重奏曲には、もう1曲、1896年ころの作曲とされる『第2番』があるが、これも2楽章しか残されていない。おそらく1897年の出来事が、この曲を未完に終わらせた一因なのではないかと僕は思っている。

これら2曲の弦楽四重奏曲は、いずれも未完成作品であり演奏機会もほとんどないが、後年のラフマニノフの片鱗をうかがうことができる名品だと思う。ぜひ一度、お聴きいただきたい。

演奏時間はおよそ12分

【お薦め盤】
モーツァルト弦楽四重奏団(エトセトラ)

Rachmaninovcd


【追記】
youtubeに、いくつか演奏が掲載されています。素晴らしいことです!(2009年2月1日加筆)
※演奏は「ロマンス」楽章の弦楽合奏版(1890年、作曲者による編曲)。


2004/12/05

ペンデレツキ 弦楽のためのシンフォニエッタ

クシシュトフ・ペンデレツキ(1933~  )は、現代ポーランドを代表する作曲家・指揮者であり、日本にも、なじみの深い音楽家である。

Penderecki

代表作である『ルカ受難曲』や『広島の犠牲者に捧げる哀歌』に聞かれるとおり、きわめて前衛的な作風が特徴であり、ある音程内のすべての音をかたまりで演奏させる「トーン・クラスター」という書法の効果的な活用が印象的であるが、1970年代後半以降は、新ロマン主義への傾斜(転向?)が顕著であり、一般聴衆にもわかりやすい保守的な音楽になっている。

この『弦楽のためのシンフォニエッタ』は、1990年から翌年にかけて作曲されたもの。
全体は2つの楽章からなり、第1楽章の冒頭、フォルティッシモでG音を11回、たたきつけるように奏でた後、ヴィオラ独奏によるカデンツァとなり、その後、チェロやヴァイオリンが同様に引き継ぐ展開となる。
第2楽章では、ヴィオラの主題が対位法的に発展していくが、そのダイナミックな音楽は、ショスタコーヴィチの作品を彷彿とさせるものがある。

彼の作品をはじめて聴こうという人には、うってつけの曲だと思う。

演奏時間は約13分

【お薦め盤】
クシシュトフ・ペンデレツキ指揮、シンフォニア・ヴァルソヴィア(SONY)

Pendereckicd


【追記】
youtubeに演奏が掲載されています。(2009年12月加筆)
※作曲者自身の指揮による演奏(第1楽章の冒頭部分)です。

※演奏は異なりますが、第2楽章の名演です。

2004/12/04

イベール バッカナール

20世紀フランスの作曲家ジャック・イベール(1890~1962)は、パリ音楽院に学び、印象主義と新古典主義の技法を取り入れ、いかにもフランスらしい、軽妙で洗練されたスタイルによる数多くの作品を残したことで知られる。

Ibert

特に、海軍士官時代に経験した地中海の印象を音で描いた交響組曲『寄港地』や、20世紀最高のフルート奏者のひとりであるマルセル・モイーズに献呈された『フルート協奏曲』は、彼の傑作として幅広く演奏されている。

今回ご紹介する『バッカナール』は、1956年、イギリス放送協会の委嘱作品として作曲された曲で、「管弦楽のためのスケルツォ」の副題を持つ。「バッカナール」とは、古代ギリシャの酒の神バッカスを祝う祭りのこと。

曲は、3つの部分からなり、各テーマがABACBAの順に登場する。冒頭の金管による快活な主題が勢いよく演奏される部分は、まるでハチャトゥリアンの『剣の舞』を彷彿とさせる。

デュトワの指揮による演奏は、フランスのエスプリの利いた華麗な演奏で、この曲の真価を描いて余すところがない。上記の傑作2作品も、収録されている。

演奏時間は約9分

【お薦め盤】
シャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団(ロンドン)

Ibertcd


【追記】
youtubeに音源が掲載されています。(2010年12月加筆、2012年1月22日修正)


西村朗 弦楽四重奏のためのヘテロフォニー

西村朗(にしむら・あきら 1953~  )は、日本の現代音楽作曲家の代表格のひとりである。

Nishimuraakira

東京藝術大学及び大学院在学中に、野田暉行や矢代秋雄に師事し、西洋音楽の作曲法を学ぶかたわら、アジアの伝統音楽や宗教、哲学などに強い関心を抱く。以来、今日まで、オーケストラ曲や室内楽曲を中心に数多くの作品を発表してきているが、その作品には、汎アジア的色彩が濃厚である。

今回取り上げる『弦楽四重奏のためのヘテロフォニー』は、作曲家が22歳の1975年に初稿が書かれ、1978年にブリュッセルで初演された作品で、彼の第1番の弦楽四重奏曲にあたるもの。その後、幾度となく改訂が加えられ、1897年に現在の決定稿となった。

「ヘテロフォニー」という題名が示すとおり、各パートの旋律線が横にずれながら、ハーモニクスやポルタメントなどの装飾を加えつつ奏されるが、時折、雅楽の笙や篳篥(ひちりき)ような響きをつくりだす。ヴァイオリンやチェロという典型的な西洋楽器を用いながら、奏でられる響きはきわめて東洋的である。
全曲を通じて、鮮烈で緊張感の高い音楽であるが、われわれ日本人には、何か近しいものを感じる。

『オーケストラのための前奏曲(1974)』や『ピアノ協奏曲第1番「紅蓮」(1979)』などとともに、ほとばしるような才能の輝きが感じられる、作曲家若き日の傑作である。

最終稿の初演者でもあるアルデッティ弦楽四重奏団による名演が素晴らしい出来で、お薦めである。

演奏時間はおよそ13分

【お薦め盤】
アルディッティ弦楽四重奏団(カメラータ)

Nishimuraakiracd


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