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2004年11月

2004/11/28

マーラー 花の章

グスタフ・マーラー(1860~1911)を、どの国の作曲家と呼ぶべきだろうか。

「私は、三重の意味で故郷がない。オーストリアにおいてはボヘミア人として、ドイツではオーストリア人として、そして、この世においてはユダヤ人として」

彼は、オーストリア=ハンガリー帝国領であったイーグラウ近郊のカリシュト村(現チェコ共和国)に生まれたが、上記の言葉にあるとおり、生涯、自分の出自について複雑な思いを抱いていたことは間違いない。

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マーラーについて、僕がここで詳しく述べる必要はないだろう。

現在では、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した大作曲家として知られているが、生前はもっぱら卓越した指揮者として有名であった。
未完も含めて残されている11曲の交響曲や歌曲は、現在、世界各地で頻繁に演奏されているが、今回、取り上げるのは、管弦楽のための『花の章』である。

この曲は、後に『交響曲第1番ニ長調』となる『交響詩「巨人」』が1888年に発表された際、その第1部「若人、美徳、結実、苦悩のこと」に含まれていた楽章で、1896年、ベルリンでの演奏に際して彼は、この交響詩を全面改訂し、『花の章』を削除し、現在知られる4楽章構成の「交響曲」としたのである。

この『花の章』は、彼がカッセル王立劇場の楽長として活躍していた1884年、24歳のときに作曲した彼の最初期の管弦楽作品といわれていて、戦災で焼失し、現在は残っていない付帯音楽『ゼッキンゲンのラッパ手』の間奏曲として書かれた。

当時、何人かの女性(既婚者を含む)と恋に落ち、騒動にまでなったといわれているが、トランペットのソロによる美しくも憂いを含んだハ長調の主題や、中間部にオーボエで奏される、もの思いに沈むようなイ短調の旋律に聞かれるように、彼にとってこの曲は、忘れがたい青春の記憶を深く刻み込んだ作品なのだろう。

なお、この作品は、長い間所在が不明だったが第2次世界大戦後に発見され、1967年にベンジャミン・ブリテンの指揮によって蘇演された。

演奏時間はおよそ8分。

【お薦め盤】
カール・アントン・リッケンバッヒャー指揮、バンベルク交響楽団(ヴァージン)

Mahlercd


【追記】
youtubeに、この曲の演奏が掲載されています。
※演奏者は異なります。

ルトスワフスキ 舞踏前奏曲

ヴィトルト・ルトスワフスキ(1913~1994)は、ペンデレツキらとともに現代ポーランドを代表する作曲家のひとりとして、広く世界に知られている。

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ワルシャワに生まれた彼は、1932年からワルシャワ音楽院で学び、卒業後は作曲家としての道を歩み始めるが、第2次世界大戦によりポーランドは、ナチス・ドイツとソビエト連邦により占領され、分割統治されるという悲劇に見舞われる。彼は、捕虜として捕らえられるが脱出に成功、カフェのピアニストをしながら生計を立てたという。

戦後のポーランドは、実質、ソビエト連邦の占領下にあり、自由な創作が制限される中、1954年、代表作として知られる『管弦楽のための協奏曲』などが作曲されたが、今回取り上げる『舞踏前奏曲』も、そうした時期の作品のひとつ。
クラリネットとピアノのための作品で、5つの短い楽章で構成され、ポーランドの民族音楽を取り入れたディヴェルティメント風の親しみやすい曲となっている。

なお、この作品の完成の前年(1953年)、ソビエト連邦の独裁的指導者スターリンが死去。ルトスワフスキは「これからは私たちの時代だ」と宣言し、以後、作風を大きく変えてゆくことになる。

今回のお薦め盤は、1955年に作曲者の手によって編曲されたオーケストラ版(ハープ、ピアノ、打楽器、弦楽オーケストラ)による自作自演盤である。

演奏時間は約9分

【お薦め盤】
エドゥアルト・ブルンナー(Cl)、ウスリラ・ホリガー(Hrp)、ヴィトルド・ルトスワフスキ指揮、バイエルン放送交響楽団(フィリップス)

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ビートルズの「アビイ・ロード」

僕は、いわゆる「ビートルズ世代」ではないが、周囲にはビートルズ好きがたくさんいたし、僕自身大好きなグループのひとつである。

彼らの音楽を初めて意識したのは、中学校のお昼の時間などに放送室から流れていたポール・モーリアによるビートルズのアレンジ・アルバム「ビートルズの世界」である。そこには11曲のビートルズの曲がアレンジされていたが、特に「ペニー・レイン」や「レディ・マドンナ」などは抜群に素晴しく、今でも懐かしい学校の思い出とともに心に刻まれている。

クラシック音楽のエアチェックに夢中だった当時、偶然、FMで放送されたビートルズの曲を数曲、カセットテープに録音したのが、おそらくオリジナル曲を聴いた初体験だったと思う。中でも印象に残っているのは、「恋する二人(I Should Have Known Better)」という曲だ。

高校時代は、取り立てて思い出はないが、大学時代に入ると周りの先輩たちが、「クラシック音楽ばかり聴いていずに、もっとロックやジャズを聴いてみろ」と言って、いろいろと世話を焼いてくれ、LPレコードでベストアルバムを購入し聴いたのもこのころ。無意識のうちに、結構耳にしている曲が多いのに驚いた記憶がある。

「オリジナルアルバムでは、これが最高傑作や!」と言って先輩に薦められたのが、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」。先のベストアルバムで好印象を持っていたので、さっそくこれもLPを購入して聴いてみることにした。インパクトの強い、野心的な意欲が感じられるジャケットだったし、大いに期待して針を落としたのだが…、しかし結局、何が良いのかさっぱり分からず、失望したものだ。(今はもちろん好きですけど)

その後、CDなども数多く購入し、いろいろな機会でビートルズの曲と関わることになる。「レット・イット・ビー」などは、下手くそながらピアノのレパートリーのひとつだし、一時期はカラオケで、「イエスタディ」を熱唱したものだ。解散後のポールやジョンのソロ・アルバムにも夢中になった。そんな僕が、一番気に入っているビートルズ・アルバムが、この「アビイ・ロード」である。

これは、彼らの12作目のオリジナル・アルバムで、1969年に発表された最後のレコーディング作品。全英および全米チャート第1位を獲得している名盤だ。


「アビイ・ロード」 リマスター盤 (東芝EMI)

Beatlescd


全17曲で構成されているが、特徴的なのは9曲目の「ユー・ネヴァー・ギヴ・ユア・マネー」から16曲目「ジ・エンド」までが、壮大なメドレーとなっていること。まるでミュージカルでも見ているような錯覚に陥る。また、ジョージ・ハリスン作曲の「サムシング」と「ヒア・カムズ・ザ・サン」が超名曲だということ。初心者のうちは、どうしてもビートルズの曲といえば、レノン=マッカートニー共作ばかりに目が行きがちだが、この2曲は、ジョージの力量のすごさを再認識させてくれるのに十分なインパクトがある。

順番に、何曲かピックアップしてみよう。

第1曲「カム・トゥゲザー」
イントロの「shoo!」という突き刺さるような声が全体のイメージを決定付ける。Dメジャーの和音に♯9が加わり、不健康なサウンドで始まるが、きわめて骨太のロックだと思う。

第2曲「サムシング」
ジョージの名曲。とてもオーソドックスで美しいコード進行。Aメジャーに転調後の激しい部分とのコントラストも、とても印象に残る。

第3曲「マックスウェルズ・シルバー・ハンマー」
曲の雰囲気も、リードボーカルのポール・マッカートニーの歌も陽気で明るい。一聴するとゴキゲンなナンバーだが、歌詞は、ホラー映画そのもの!

第4曲「オー!ダーリン」
シャウトするポールの歌声が聴きどころのロッカ・バラード。冒頭部分の増和音も印象的。

第7曲「ヒア・カムズ・ザ・サン」
僕にとっては、このアルバムで一番好きな曲。ジョージが盟友エリック・クラプトンの家の庭で作曲したという。
涼しい風が吹き抜けるような、とても耳に心地よい曲。途中、変拍子になるところは、曲全体のフォルムを締める役割を果たしていて、天才的なアイデアだと思う。

第8曲「ビコーズ」
ムーグ・シンセサイザーの音が特徴的な曲。ジョン・レノンが、オノ・ヨーコの弾くベートーヴェンの『月光ソナタ』第1楽章からインスピレーションを受けて生み出された曲だという。ジョン、ポール、ジョージのコーラスワークが聴きどころ。

第9曲「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」
いよいよ、この曲から怒涛の展開が始まる。冒頭のピアノの寂しげなフレーズが好きで、何度練習したことか…。当時から歌詞の意味が良く分からず、今でもそれは変わらない。でも、それでいいと思っている。当時のレコード会社の財政難を歌ったともいわれるが…。その後、曲は大きな展開を見せる。

第10曲「サン・キング」
前出の「ヒア・カムズ・ザ・サン」のフレーズに続き、意味不明のイスパニア語で歌われる。アンニュイな雰囲気が心地いいが、それに浸る間もなく、すぐに次の曲に移行する。

第11曲「ミーン・ミスター・マスタード」~第16曲「ジ・エンド」
この部分になると、あまり深く意味を考えずに、素直に耳を傾けるのがいいと思う。しかしどの曲も、何気にすごいテクニックを駆使していて、痺(しび)れるほどかっこよい。さすらいを感じさせる名曲「ゴールデン・スランバー」もさることながら、次の「キャリー・ザット・ウェイト」で、金管楽器により「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」の冒頭のテーマが戻ってくるところは、まさに鳥肌ものだ!


かつて、イギリスに旅行した際、ビートルズ誕生の地であるリバプールにも立ち寄った。ペニー・レイン通りやストロベリー・フィールズなど、いくつかのビートルズゆかりの地を巡った。都会ながら、イギリスの古き伝統を漂わせる雰囲気のある街だったことを思い出す。僕の、なつかしき青春のひとこまである。


【参考音源】

ビートルズ「恋する二人(I Should Have Known Better)」


ビートルズ「ヒア・カムズ・ザ・サン(Here Come The Sun)」
(注:この音源はビートルズの歌唱ではありません。あしからず)


2004/11/27

ラロ ファンタジー・オリジナーレ(風変わりな幻想曲)

近代フランスの代表的作曲家のひとりであるヴィクトール・アントワーヌ・エドゥアール・ラロ(1823~1892)は、スペイン系のフランス人として、生涯にわたり民族色豊かな作品を残したことで知られる。

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40歳になるころまでは作曲家として不遇であったが、1874年にスペインの名ヴァイオリニスト、サラサーテに出会ってからは、『ヴァイオリン協奏曲第1番ヘ長調(作品20)』で成功を収め、次いで翌年に初演された『スペイン交響曲ニ短調(作品21)』で、名声を決定的なものにした。

この『ファンタジー・オリジナーレイ短調(作品1)』は、彼が20代半ばの1848年ころに作曲・出版されたヴァイオリンとピアノのための作品。曲全体は、きわめてスペイン色が濃厚である。「オリジナーレ」とは、独創的とでも訳せようが、スペイン人の血が流れる自分の独自性を表現し、世に問うた作品といえるのではないか。

4楽章ソナタの形式に従いながら、きわめて自由に楽想を展開させる青年ラロの意欲作である。

僕は、ラロの管弦楽作品が持つ熱い情熱や華麗な筆遣いが大好きで、可能な限り音源を蒐集したり、その生涯について調べたことがある。いつか彼に関するホームページを開設できればよいのだが・・・。

演奏時間はおよそ10分

【お薦め盤】
ルイジ・アルベルト・ビヤンキ(Vn)、ドゥボラ・コヴァシェヴィチ(Pf)(ダイナミック)

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2004/11/23

ツィンマーマンのショパン『バラード集』

僕はショパンの、あまりよい聴き手ではない。

もちろん演奏会や録音で数多くの曲を聴いてきたし、大作曲家であることに疑う余地はないのだが、これまでそれほど熱中した記憶はないし、僕はクラシックピアノを習ってきたわけでもないので、なぜ音大生やピアニストがこぞってショパンばかり演奏したがるのか理解できなかった。

以前、インターネットの有名掲示板に「ショパンの『ピアノソナタ第3番』は形式ばっていて面白くない。むしろ型破りな『第2番』のほうがよっぽどいい」と書き込んだら、愛好家の方から一斉に批判を受けた記憶があるから余計にそう思うのかもしれない。

そんな僕が、強く感銘を受け、ショパンに対する認識を変えるきっかけになったCDが、このツィンマーマンが演奏するショパンの『バラード集』である

4曲のいずれも傑作・名演だと思うが、特に購入時からよく聴いたのは『第2番ヘ長調(作品38)』である。
冒頭、愛らしいアンダンティーノのメロディーで、ひそやかに始まるが、突然、フォルティッシモで感情を爆発させる。以降、何か不安定な心情のまま曲が進み、アジタート(気ぜわしく)と指示されたクライマックスでは、激しくうねるショパンの感情に、ただただ唖然とするばかりである。

曲は最後に穏やかにイ長調の主和音を静かに響かせて終わるが、円満解決ではなく、何か心はもやもやしたものが残ったままとなる。そこが、他の3曲に比べて、いまいち人気が低い?理由なのかもしれない。

ツィンマーマンのピアノは、こうしたショパンの心の動きを情感豊かに表現する。ショパンと同じポーランドの出身でもあり、その演奏は実に素晴らしい。併録の『舟歌』や『幻想曲』とともに、傑作の名演奏として広くお薦めできるCDである。

【お薦め盤】
ショパン:4つのバラード、幻想曲、舟歌
クリスティアン・ツィンマーマン(グラモフォン)

1987年録音

Chopinzimermancd


フランク 前奏曲、フーガと変奏曲

ベルギー出身のセザール・フランク(1822~1890)は、もちろんロマン派を代表する作曲家・オルガン奏者として、今日知られているが、何よりも優れた教育者であった。

当時のフランス音楽界の重鎮として大きな影響力を持つ存在であり、周囲には、ダンディ・ショーソン・ロパルツ・ピエルネをはじめ、彼を慕う多くの弟子が集い、「フランキスト」と呼ばれる一大勢力を形成した。

Franck

若いころから優れた天賦の才を現した彼は、1837年にパリ音楽院に入学し作曲やピアノ、オルガンなどを学び、やがてリストやショパンなどの注目を集めることになるが、自身は、慎ましやかな生活を願って、ピアノ教師や教会オルガニストとしての道を歩んだ。彼が再び、音楽界の表舞台に姿を現すのは、1872年、パリ音楽院の教授に迎えられてからである。

今回ご紹介する、オルガンのための『前奏曲、フーガと変奏曲ロ短調(作品18)』も、そうした若い時代の作品で、1860年から1862年にかけて作曲された『大オルガンのための6つの小品』の中の1曲。当時、パリのサンジャン・サンフランソワ教会のオルガニストであったフランクが、新しいオルガンが設置されたことに触発され生み出した珠玉の名曲であり、冒頭から、たゆたうように奏でられる悲しみの旋律が印象的である。

彼は、60歳を過ぎてから開花した遅咲きの作曲家と語られることが多いが、この作品のように若いころにも、数多くの優れた作品を数多く残している。これらは決して声高に自己主張をする内容の作品ではないが、日陰でひっそりと咲く美しい花のようで、僕の大切な愛聴曲のひとつである。

曲は、サン=サーンスに献呈されている。

演奏時間は約10分

【お薦め盤】
マリー=クレール・アラン(エラート)

Franckorgancd


【追記】
名曲ですので、ピアノ版も含め数多くの演奏をyoutubeで鑑賞することができます。


2004/11/14

ヒナステラ アルゼンチン舞曲集

アルゼンチンのアルベルト・エバリスト・ヒナステラ(1916~1983)は、メキシコのチャベス、ブラジルのヴィラ=ロボスとともに南米を代表する大作曲家である。

Ginastera

彼は、代表作であるバレエ音楽『エスタンシア(作品8)』で聞かれるように、アルゼンチンの民族色豊かな作品で知られるが、後年は12音技法などを取り入れた作品を手がけるようになる。

今回ご紹介する『アルゼンチン舞曲集(作品2)』は、彼が20代初期に書き上げた、3つの小品から構成されるピアノ曲。特にお薦めなのは第2曲「粋な娘の踊り」で、ゆらめくように妖しげなピアノのメロディーに、危うく陶酔しそうになってしまう。
もちろん、個性的で複雑なリズムが特徴の第1曲「年老いた牛飼いの踊り」や、まばゆいばかりのラテン色溢れる第3曲「カウボーイの踊り」も最高である。

演奏時間は約7~8分

同郷の演奏家、アルゲリッチによる名演奏を、第一にお薦めする。

【お薦め盤】
マルタ・アルゲリッチ(EMI)

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【追記】
有名曲でもあり、youtubeに多くの演奏が掲載されています。(2009年2月1日加筆)
※さだまさしの長女、詠夢さんの演奏です。


コニュス ヴァイオリン協奏曲

フランス系ロシア人であるユーリ・コニュス(1869~1942)は、両親や親戚が音楽家というモスクワでも名の知られた音楽一家で生まれ育った。(兄や弟も音楽家である)

Conus

モスクワ音楽院ではヴァイオリンとともに、タネーエフに音楽理論、アレンスキーに作曲を学び、1888年、ゴールド・メダルを受賞し卒業。次いで、パリに留学し研鑽を積んだ。

1891年にはニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスターに就任したが、2年後には母国に帰国。母校のモスクワ音楽院で教鞭をとりながら、作曲家・ヴァイオリニストとして活躍した。教え子には、カーティス音楽院やジュリアード音楽院の名教師として知られるイワン・ガラミアンがいる。

ラフマニノフとはモスクワ音楽院時代の同窓生で、生涯を通じた親友であり、ラフマニノフの『ピアノ三重奏曲第2番』は、コニュスのヴァイオリン、ラフマニノフのピアノ、ブランドゥコーフのチェロによりモスクワで初演されている。 後に2人の子ども同士が結婚したため、両者の関係はますます深まった。

今回ご紹介する『ヴァイオリン協奏曲ホ短調』は、教鞭のかたわら作曲され、1898年に彼自身の独奏によりモスクワで初演された代表作で、1904年にクライスラーがイギリスに紹介し、ハイフェッツが愛奏したことでも有名である。

単一楽章の曲であるが、全体は急・緩・急の3つの部分からできていて、実質、3楽章構成と考えることもできる。 ホルンの強奏が印象的な導入部に引き続いて、独奏ヴァイオリンが哀愁を帯びた粘着力の強い主題を提示する。中間部のアダージョでは、穏やかな弦楽合奏の波に乗って、ソロヴァイオリンが魅力的なメロディを奏でる。

知名度は決して高くはないが、ロシア音楽を代表する名ヴァイオリン協奏曲のひとつであると思う。

演奏時間はおよそ20分

【お薦め盤】
アンドレイ・コルサコフ(Vn)、ウラディーミル・コジュハーリ指揮、ロシア国立交響楽団(RussianDisc)

Conuscd


【追記】
youtubeにもいくつか音源が掲載されています。(2009年2月1日加筆)
※演奏は異なります。


2004/11/13

吉松隆のピアノ協奏曲「メモ・フローラ」

このCDを、初めて聴いて思った。

「現代でも、こんなに美しいピアノ協奏曲が書けるのか・・・」

そのとき僕は、ヘッドフォンから聞こえてくるCDの音楽に驚き、素直に感動した。
吉松隆氏の作品は、それまでにも『朱鷺に寄せる哀歌(作品12)』や『交響曲第2番「地球にて」(作品43)』の第2楽章などを愛聴してきたし、イギリスのシャンドスレーベルが、彼の管弦楽作品全曲シリーズに取りかかることを知り、感嘆の声をあげたものだ。

自分では、ひそかに吉松マニア?を自称していたが、時折、交響曲のフィナーレなどで聞かれるロック風の大音量の音楽に、いささか違和感を感じてもいたことも事実である。それでもなお、この『ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」(作品67)』でピアノとオーケストラが奏でる、まるで静謐な湖畔を見るような音のマジックには、ただ圧倒されるしかなかった。

この作品は、1996年から翌年にかけて作曲されたが、作曲者によるとモーツァルトの『ピアノ協奏曲第27番変ロ長調(K.595)』と、ほぼ同じ楽器編成、形式(3楽章)・調性による作品という構想で書かれたということである。

題名の「メモ・フローラ」とは、「花の覚書」という意味を表し、第1楽章は「Flower(花)」と名づけられたアレグロ楽章、第2楽章は「Petals(花びら)」という名のアンダンテ、第3楽章フィナーレは「Bloom(花)」というロンドにより構成される。いずれの楽章も夢のような、はかなくも美しい「音の万華鏡」であり、彼の最高傑作のひとつであると断言したい。

なお、このCDには他にも、『鳥は静かに・・・(作品72)』『天使はまどろみながら(作品73)』『夢色モビールⅡ(作品58a)』『白い風景(作品47a)』が含まれていて、いずれ劣らず美しい作品ばかり。ぜひ、お聴きいただきたい名盤である。

【お薦め盤】
吉松隆 ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」ほか
田部京子(Pf)、藤岡幸夫指揮、マンチェスター・カメラータ(シャンドス)

1998年録音

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ジョリヴェ フルートと弦楽合奏のための協奏曲

現代フランスの作曲家アンドレ・ジョリヴェ(1905~1974)は、メシアンらとともに作曲グループ「ジュヌ・フランス(若きフランス)」を結成し、精力的に作品を発表するとともに、教育者として後進の育成に尽力した。

彼は、画家の父親とピアニストの母親の間に生まれた生粋のパリっ子で、幼少期よりピアノやチェロなどを学んだが、特にエドガー・ヴァレーズから和声や対位法などを学んだことが、後の彼の作曲スタイルに決定的な影響を与えることになる。

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代表作に、「赤道協奏曲」とも呼ばれる『ピアノ協奏曲』があり、1951年の初演時には、その原始的かつ過激な内容から、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』以来の大騒動を巻き起こした。

今回ご紹介するのは、それとほぼ同時期、1949年の作曲ながら、きわめて叙情性あふれる名曲として知られている『フルートと弦楽合奏のための協奏曲』であり、パリ音楽院のコンクール課題曲として作曲された。

曲は単一楽章形式によっているが、4つの部分からできている。
第1部では、弱音器付きの弦楽合奏の上で、フルートがゆるやかで幻想的な旋律を奏でる。アタッカで続く第2部スケルツォでは、フルートと弦の軽やかな、かけ合いがおもしろい。
深刻ではあるが、わずか23小節の短い第3部に続いて、リゾルート(決然と)と指示された第4部では、フルートの鮮やかな名技が聞ける。

演奏時間は約13分

【お薦め盤】
スーザン・ミラン(Fl)、リチャード・ヒコックス指揮、ロンドン・シンフォニエッタ(Chandos)

Jolivetflute


【追記】
youtubeに演奏映像が掲載されています。

2004/11/07

ジョスカン・デ・プレ アヴェ・マリア

フランスの作曲家ジョスカン・デ・プレ(1440?~1521)は、ルネサンス期における最大の作曲家といわれている。

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若いころに、フランス(当時はブルゴーニュ公国)からイタリアに移った彼は、ミラノで聖歌隊の一員となり、生涯の大半を過ごす。
その後、ローマ教皇庁の歌手となり、1500年を過ぎたころからは、故国フランスで国王ルイ12世の宮殿で活躍し、晩年は、フランドルのノートルダム教会で主任司祭の職にあったという。

生涯に、ミサ曲やモテットなどの宗教曲をはじめ、シャンソンやイタリア語世俗歌曲など多くの作品を作曲したが、今回ご紹介する『アヴェ・マリア』は、彼の最も名高い作品である。

15世紀の終わりころに作曲されたと考えられ、ポリフォニックな中に、ホモフォニーを部分的に取り入れるなど、ルネサンス期の典型的な書法で作曲されている。ここで歌われる精緻かつ敬虔な祈りは、手を合わせたくなるほど素晴らしい。

なお、余談ではあるが、戦国時代末期の日本で、帰国した4人の天正遣欧少年使節が、聚楽第において豊臣秀吉の前で演奏した曲に、彼の曲が含まれていたと伝えられている。

演奏時間は、およそ5~7分

下記のCDは、この名曲の決定版として名高い。

【お薦め盤】
ザ・ヒリヤード・アンサンブル(EMI)

Josquindesprezcd


【追記】
演奏は異なりますが、youtubeにいくつか掲載されています。


2004/11/06

ジョージ・ウィンストンの「オータム」

アメリカ合衆国ミシガン州生まれのピアニストで作曲家、ジョージ・ウィンストン(1949~   )は、これまでに数多くのアルバムを発表しているが、その代表作が1980年に発表された「AUTUMN(オータム)」である。

彼がこのアルバムをつくるきっかけとなったのは、ギタリストであり音楽レーベル「ウィンダム・ヒル」の設立者であったウィリアム・アッカーマンのアドバイスによるもので、発売されるやいなや世界的な大ヒットとなり、彼の名声を決定付けることとなった。
この「AUTUMN」(秋)を皮切りに、1982年に「WINTER INTO SPRING」(春)と「DECEMBER」(冬)を発表、さらに1991年の「SUMMER」(夏)により、いわゆる「四季4部作」を完結している。

まず、何より素晴らしいのは、クリスタルを思わせるクリアなピアノのサウンド! これまで聴いてきたクラシック音楽のピアノ曲とはまったく違う・・・、録音の手法の違いによるのだろうか。曲が終わっても、いつまでも響き続けるピアノの余韻が深く心に残る。僕が初めてこのアルバムを購入した当時はLPレコードだったが、ジャケットの写真や内袋を含めてセンスが抜群に素晴らしく、当時は、いつまでも手にとって眺めていたものだ。

このアルバムに収録されている曲は、全部で7曲。いずれも、秋の情景が目の前に広がるような美しい曲ばかりだ。1曲目の『Colors/Dance(カラーズ/ダンス)』の冒頭、冷やりと澄み切った空気感が素晴らしい。後半部では、両手で繰り返される3連符のアルペジオは、あたかも色とりどりの紅葉が舞い踊るようで、ひたすら圧倒される。 

3曲目の『Longing/Love(あこがれ/愛)』は特に有名で、日本でも、1984年、俳優の山崎勉が出演するトヨタのクレスタのCMで使用されたことを、ご記憶の方も多いのではないだろうか。また、5曲目の『Moon(月)』の中間部で聞かれるトレモロは、日本の筝曲をイメージしたという。

彼は親日家としても知られ、ほぼ毎年、日本でコンサートツアーを行っていて、僕はこれまでに、地元をはじめ横浜や神戸など、幾度も演奏会に足を運んでいる。彼のライブをご覧になられた方はご承知だと思うが、彼は録音されているようには絶対に弾かない。音楽は日々形を変えるものであるというのが彼の信条のようで、基本的なコード進行やフレーズを使って、きわめて即興的な演奏を繰り広げる。ピアノだけでなく、ハワイアン・スラック・キー・ギターやブルース・ハーモニカによる演奏も素晴らしい。

なお、彼のピアノソロ曲集(楽譜)は、これまでに「AUTUMN」と「DECEMBER」のみ発売されたことがあるが、本人の意向により絶版になって久しい。マニアの間ではレア物として取引され、ヤフオクで、一時1冊10万円!の値が付いていたこともある。(実をいうと僕は幸運にも、当時発売されていた「AUTUMN」を購入し、所有している)

そもそも僕が、ピアノに本格的に取り組もうと思い立ったのは、このアルバムを聴き感動したことがきっかけ。「こんな風にピアノを弾いてみたい!」と、京都四条にあるピアノ教室に通いだしたのは19歳の夏のこと。

僕の音楽人生に大きな影響を与えた作品である。

【お薦め盤】
AUTUMN: WINDHAM HILL 20TH ANNIVERSARY EDITION


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【追記】
youtubeでも曲を聴けます。

ステンハンマル 序曲『エクセルシオール!』

ヴィルヘルム・ステンハンマル(1871~1927)は、スウェーデンが生んだ最も偉大なる作曲家のひとりであり、デンマークのニールセンやフィンランドのシベリウスらとともに北欧音楽の地位向上に尽力した。
また、指揮者やピアニストとしても優れた実績を残している。

Stenhammar

残された作品は、それほど多くはないが、カンタータやピアノ協奏曲、弦楽四重奏曲などに傑作がある。しかし、とりわけ名高いのは、1915年に発表された『交響曲第2番ト短調(作品23)』である。
民族色を漂わせながらも透明感があり、常に品の良さを失わない彼の作品は、シベリウスほどの強烈なインパクトには欠けるかも知れないが、もっと広く親しまれてもよいはずである。

この演奏会用序曲『エクセルシオール!(作品13)』は、彼が20代の半ば、1896年に完成された作品で、指揮者としての彼のデビュー作にもなった。

「エクセルシオール」とは「より高みへ」という意味であり、その題のごとく冒頭から、木管の三連符に乗った弦による強奏で、切迫した主題が登場する。一聴すればすぐにわかるとおり、まだドイツの作曲家(特にワーグナー)の影響のもとにあったころの作品だが、曲に流れる若さと情熱には抗しがたい魅力がある。

演奏時間はおよそ13分

この曲の魅力を伝えて余すところのない、ヤルヴィの旧盤をお薦めする。
※併せて、傑作『第2交響曲』も聴ける。

【お薦め盤】
ネーメ・ヤルヴィ指揮、エーテボリ交響楽団(BIS)

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【追記】
youtubeに、曲が掲載されました。(2010年3月27日加筆)
※演奏は異なります。

2004/11/03

ホルスト 日本組曲

イギリスの作曲家グスターヴ・ホルスト(1874~1934)の作品で、日本でよく知られているのは、ダントツで組曲『惑星(作品32)』、次いで吹奏楽のための2曲の『組曲(作品28)』あたりであろうが、母国ではむしろ、合唱曲の作曲家として名高い。

Holst

彼の作風は、『セント・ポール組曲(作品29-2)』のようにイギリスの民俗音楽を用いた素朴さが特徴の作品や歌劇『サーヴィトリ(作品25)』や『ベニ・モラ(作品29-1)』のような東洋的な題材による作品が中心を占めていて、上記の『惑星』のようなスペクタキュラーな曲は、彼にとっては例外中の例外といってよい。

ご紹介したい曲は数多くあるが、今回は『惑星』とほぼ同時期の1915年に作曲された、管弦楽のための『日本組曲(作品33)』を取り上げたい。

この曲は、欧米で活躍した日本人ダンサーの草分け、伊藤道郎(1893~1961)の依頼によりバレエ音楽として作曲された。曲は6つの短い楽章で構成され、伊藤から口述(口笛!)により教えられた日本古謡が全編に用いられている。
我々日本人にとっては、さすがに違和感を感じる部分もあるが、作曲者は至って真剣に取り組んでいて、客観的にみれば、なかなかの傑作ではないかと思う。

第1曲「前奏曲」と第4曲「間奏曲」では、作品全編の性格付けとして「漁師の唄」が効果的に使われるとともに、第5曲の「桜の木の下で」は、「ねんねんころりよ~」の歌詞で知られる「江戸子守歌」が、リリカルにアレンジされているところが聞きものといえよう。

演奏時間は約11分

【お薦め盤】
サー・エードリアン・ボールト指揮、ロンドン交響楽団(Lyrita)

Holstcd


【追記】
ようやくyoutubeにも音源が掲載されました。(2012年10月1日加筆)


シマノフスキ 4つの練習曲

ショパンとともにポーランドを代表する大作曲家カロル・マチエイ・シマノフスキ(1882~1937)は、その優れた業績にもかかわらず、第二次世界大戦の影響もあり、長い間、知る人ぞ知る存在であった。
近年、評価の著しい作曲家のひとりで、日本でも、1981年に「日本シマノフスキ協会」が設立されている。

Szymanowski

彼の作風は時代ごとに、後期ロマン派の影響が残る第1期、神秘主義的色彩の濃い第2期、民族的要素が加わる第3期に分類され、それぞれに傑作が存在するが、今回ご紹介する『4つの練習曲(作品4)』は、その第1期、彼が20歳前後の、1900年から1902年にかけて作曲された。

いずれも、ショパンやブラームスの影響が残る作品であるが、とりわけ第3曲変ロ短調は、母国の大ピアニストで初代大統領にも就任したパデレフスキに大絶賛された。

まずは、はらはらと、こぼれ落ちる宝石ような幻想的主題を持つ、第1曲変ホ短調から聴いてみてほしい。

演奏時間は約15分

【お薦め盤】
デニス・リー(ハイペリオン)

Szymanowskietude


【追記】
youtubeに、いくつか演奏が掲載されています。(2009年2月1日加筆)

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